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昼寝と意志

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 お祝いをしようかと言ったら、もはや「人生七十古来稀」という時代でもないから、いいですよと、素っ気なく断られた。仕事から身を引くと、挨拶に来た友人との会話である。そうは言っても、仕事はリタイアするとのことだから、奢るよと、行きつけの居酒屋に行った。お祝いでもなんでもなくなった。

 喪中葉書で亡くなった方の年齢を見ると、ほとんどは90歳を過ぎている。70歳など、もうひとつ別の人生を前にするようなものだ。

 「長生きが稀でもなんでもなくなり、時間が余るようになっても、70歳は70歳だからなあ。枯れた花が茶色くなっても散らないようなものかな」。つまらない言葉を連ねては、大きなお猪口に注いだぬる燗を空ける。「長寿を全うすることだな。何かが見えてくるかも知れないから」。

 70歳を過ぎると「長寿」であった時代に、85歳の生涯を全うした詩人、放翁(陸游)は長生きするための勧めとして、朝晩、粥を食べ、昼寝をし、体を動かし、茶を飲むことなどを挙げている。

 午枕挟小酔 鼻息撼四隣(昼寝の枕はほろ酔いの頭をつつみ、鼾は隣近所まで響き渡る)

 放翁不管人間事 睡味無窮似蜜甜(放翁は世間のことには無関心、昼睡の味は尽きること無く蜜のように甘い)

 少しばかり酔いが回って家に戻り、ソファに座って『続 一海知義の漢詩道場』という本を捲っていたら、偶然、長寿だった放翁に触れた箇所を開いていた。昼寝にはずいぶん遅い時間だったが、毛布をかぶったままソファで眠ってしまった。

 頽然一熟睡 如獲万金薬(くたびれたと思ったらぐっすりと一睡すれば、まるで妙薬を手に入れたように元気になる)

 米ファイザーと独ビオンテックが異例の短期間で開発した新型コロナウイルスに対するワクチンが、英国で投与され始めた。ワクチン接種が始まったとはいえ、収束がいつどのような形になるのか、予測がつかない。予測がつかないまま、来春の「東京・春・音楽祭」の開催を決め、ネットで公表した。

 この春は200ほどの公演を予定していたのだが、実際に公演ができたのは十数公演に過ぎなかった。来春の公演については、状況が状況だけに、開催するのか、早々に中止を決めるのかは難しい判断だったが、2年も中断するのは、17年目を迎え、桜の季節、上野の春の風物誌となった音楽祭の将来にとってマイナスであると決断したのである。

 当然のことだが、賛否両論が寄せられた。海外のたくさんの演奏家が参加するだけに、日本だけでなく、海外の状況にも大きく左右されるのだが、ともかく前向きの判断を下したのである。音楽祭にとって難しい判断は、東日本大震災の春以来である。あの時は、すべてが自粛ムードとなって、あらゆる行事が中止、コンサートもすべて中止だった。不幸な時、悲しい時に、生きる喜びを与える音楽会を中止し、「自粛」という傘に隠れて何もしないのは、音楽家としての使命の放棄だと、意見広告をメディアに載せたうえで、余震の揺れが残る会場で演奏会を強行したのである。

 今回は新型コロナウイルスによるパンデミックが、政治から経済に至る基盤を世界的規模で揺るがしている。80億人近くまで人口が膨れ上がり、豊かになった時代の将来を考えると、想像だにしない自然現象の脅威などが予測される。その脅威に打ち勝つためにも、文化・芸術といった心に触れる試みについては、より強い意志を持つべきだと、思うのだが。


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