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働き方

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 子供の頃から、学校が決めたルールに従わず、宿題をやってこないに始まって、生徒であれば当たり前になすべきことをせず、怠惰ゆえの余計な抵抗をしては、廊下に立たされる、黒板消しで頭を叩かれるなど、教師から無駄に叱責されていた。およそ物事を杓子定規に決めることに馴染まない性格だったようだ。例えば、夏休みの宿題をさぼることで、二学期の最初の1日、2日は、教師の厳しい怒りを買うのだが、その代償として、より自由で重石(おもし)のない、解放された夏休みの時間を得ていた。大人になっても、その性格は変わらないが、一方で、普通の人があまり気にならないことについては、古臭いというか、保守的な反応をするようだ。

 最近、呆れられているのが、新型コロナウイルスの感染に対処するために実施されている在宅勤務に対する反応である。30年も前から繰り返し書き、話をしているのだが、インターネットの普及によって時間と空間のコンセプトそのものが変わり、わが社の社員も70パーセント近くが在宅勤務となって、逆に将来が心配になってきたのだ。オフィスに出勤しなくとも、クラウド化・高速化するネットによって、過不足なく仕事をこなすことができる。確かに、過不足なく業務に対応できることは指摘されるまでもなく、なにより、自ら推進してきたことでもあるので、言われるまでもないのだが、業務を回すだけで、若い人の能力が弾けるのか心配である。人が育って、化けてくれない限り、企業の発展はないのだと、ぶつくさ呟くのである。

 オフィスまで往復する時間を考えると、在宅勤務によって浮いた時間を利用して、毎日、2時間以上は勉強できる。オフィスの空間も節約でき、コスト削減につながる……等々、あっという間にその利点を箇条書きできるのだが、そのようなメリットだけでは、将来の企業の成功を支えることにはならないのだ。そして、メリット・デメリットを議論しているうちに、面倒になって打ち切ってしまう。

 毎朝、混んだ電車に揺られて、オフィスにたどり着き、夜遅く、疲れた身体を1時間以上もかけて自宅まで運んでいく労力を考えるなら、できる限り在宅の割合を増すことで、働き方改革になり、生活の質そのものが豊かになるのだと言われると、いち早くネットの商用化を手掛けた私は、そこで逡巡するのだ。

 朝の通勤電車が駅のホームに停まると、すでに満員の車両から人があふれ出てくるので、そこを押し返して、ぎゅうぎゅうの車両に乗り込む。ドアを閉めるために、バイトさんが乗客を押し込んで、やっとドアが閉まり、発車する。そんな働き方が良かったとは、口が裂けても言えないが、それが奇跡の経済成長を続けていた時代の働き方であり、いかにも時代を象徴しているようなものだった。形が内実を決めてしまうというのはよくあることで、ネットの利用による在宅勤務という働き方は、今の日本の若者の内実に似合っているのかもしれない。

 昔、といっては言い過ぎだが、1990年代、シリコンバレーに行くと、「今週はほとんど眠ってないし、家にも帰っていない。土曜日には家に戻らないと、女房に逃げられてしまう」——— コーラの大きなペットボトルを抱えた若者と、長い時間、話し込んだものだった。あの働き方とシリコンバレーの空気が、私には居心地のいいものだった。


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