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夏の読書

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 言葉にすれば、少しばかり慰めになるかと言えば、そんなことはなく、暑さが相乗効果となって、体の芯から沸騰するようだ。暑さ、寒さに強く、空調機が嫌いで、自然が与える試練だと嘯(うそぶ)いていたのだが、年齢のせいか、自然の節度が壊れたのか、強がりを言って、我慢をしていれば、救急車のお世話になるだけでなく、命も落としかねない、年齢も年齢なのだから......そんな非難を受け入れて、家にいる時も冷房機をつけたままにしている。

 暑い書斎の机に向かったまま、本のうえに汗が滴り落ちて、読み終わったページに夏の読書の痕跡が残っていくのが、怠け者の私にとって、ささやかな努力の証明のような気がしていたのだが、「熱中症に注意」といった役所の呼びかけに、安易に応じてしまうようになった。

 本から目を上げて、窓の外を眺めると、白く靄のかかった動きのない大気が、ビルから輪郭を奪っているような都心の風景である。気象予報どおり、気温は35度を超えているようだ。机に座ったまま、何時間も読書を続けているといっても、学生時代や社会人になりたての頃の必要に迫られての勉強ではなく、仕事ともあまり関係のない本を読み耽っているわけで、汗みどろになっているとしたら、そのほうが見掛け倒しそのもののようで、おかしい姿だといえば、そのとおりだ。

 終わりの見えない新型コロナウイルスの騒ぎで、夜の会合も減り、先週末は金曜日の夕飯を早々に済まし、8時頃から机に向かい始め、土曜、日曜と、冷房のお世話になりながら読書を続け、2冊ほど読み切ってしまった。『その日の予定』(エリック・ヴュイヤール著)、『あの本は読まれているか』(ラーラ・プレスコット著)である。『その日の予定』は、ナチスドイツによるオーストリア併合に至る舞台裏を余計な修飾なしに叙述した本である。「いちばん大きなカタストロフは、しばしば小さな足音で近づいてくる」と、表紙の帯にある。『あの本は読まれているか』の帯には、「冷戦下、CIAの女性たちがある小説を武器に超大国ソ連と戦う!」とある。小説とは、ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』である。

 ソ連では出版を許されていなかったこの小説を私が読んだのは、高校生の頃だった。歳をとって、知人たちと飲む機会も制限されると、愉しみといえば、せいぜい本を読む程度なのだが、ここ数年、書店で購入し、雑然としたまま読み耽っている本をふと振り返ると、翻訳ものばかりである。最近は、東欧や南米といった、これまで読む機会のなかった国々の本が、ノーベル賞受賞といったことがあると、次々と翻訳されるようになり、私の読書の幅も広がり過ぎて、週末だけの没頭では追い付かなくなってしまった。なぜ、海外の翻訳ものばかりを読むようになったのかと考えるのだが、海外の優れた本を読むと、政治や経済、産業といった世界の現実とのかかわりが、たとえ恋愛小説でも、必ず訴えかけてくる気がする。その点、多くの日本の著書は、分野ごとに隔離されてしまっているように思うのだが、私が知らないだけなのかもしれない。

 この2冊を読んだあと、何が頭に残ったかと言えば、本とは関係がない「企業の寿命」ということである。モノをつくる製造業の歴史は、多くの国の歴史より長いのだが、さて、21世紀を担うIT産業はどうなのだろうと考えると、IT産業の本質は国家間の情報戦争であり、企業の歴史も一時的な歴史に終わるのではないか、という疑念なのである。


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