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梅の香と沈丁花

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 今年は暖かい冬だと、地球の温暖化を心配していたら、立春を過ぎて、突然、凍えるような寒さである。2月の初め、シカゴから知人が来て、「シカゴは零下40度だよ。北極より気温が低いのだから、冬は人が住めない気候になってしまったようだ」と。マイナス40度という冷たさを想像することはできないのだが、北極より寒い地域で、人間が生活する状況を想像するのは難しい。一方、テレビのニュースは、シドニーの気温が45度を超えたと報じている。どこまで異常気象は激しくなっていくのだろう。人間が過度に快適な生活を求め続けたツケだけではないのだろうが、異常気象に対する施策は足踏みを続けている。

 大学の卒業時、まったく就職のことを考えず、卒業後、だいぶ経ってから、マトモな社会人になろうと思い立たなければいけない事情ができ、慌てて新聞の求人広告欄から応募したら、アルバイトでささやかに蓄積した知識が役に立ったのか、採用された。専門家として採用されたのだが、所詮、日銭稼ぎで身に着けた程度の知識、働き始めてすぐに馬脚を現してしまった。しかし、給料をもらう身として、なんとかしないといけないと、長年、授業に顔を出したこともなかった私が、一年ほど伝手(つて)を頼りに、大学の夜間の授業に通う羽目になった。

 高校・大学と、滅多に授業を受けなかったせいで、すべての知識は独学だった。大学の頃、食事だけはご一緒していた教授は、「君は、若くして雑学の大家だ」と、独学による遠回りばかりで、余計な知識だけは膨らんでしまっていた私に、妙な褒め方をしてくださったのだが、社会人になって働き始めると、結構、高度なことは齧っていながら、基本的な穴ばかりが目立ってしまった。モグラ叩きのように、その都度、穴を埋める日々が続き、つくづく授業を真面目に受けて勉強を続けるのが、もっとも効率的だったと、過去を悔やんだのだが、気づくのが遅すぎた。遠回りのツケは、睡眠を削って払うほかなかった。

 そんな負い目が根底にあったせいか、おおよそ上司の評価とか、人事に関心を持ったことがなかった。与えられた仕事を、ともかく迷惑をかけないようにこなすことだけに集中するほかなかった。生産性はともかく、時間制限なしの労働だった。今の時代なら、とんでもないような話である。土曜日が半ドンだった時代で、仕事は12時に終わるのだが、上司に麻雀に誘われては、「時間がもったいない」と、昼飯も雀荘で食べ、夜まで付き合い、7時過ぎから飲み屋でご馳走になる。そして、別れ際に「そうだ、君、悪いけれど、月曜の朝までに、あれ、やっておいてよ」と、おまけが付いて、結局、日曜日も休日ではなくなる。

 だからと言って、不満が溜まるわけでもなかった。そんな時代だったというか、仕事の面白さには、怠惰を絵に描いたような私ですら、没頭させられる不思議な魔力があるようだ。不思議な魔力に捉えられたせいか、評価とか人事には、まったく関心が向かなかったことが、良かったのか悪かったのか、難しいところである。

 組織にとって人事こそ、経営の鍵となることは理解しているのだが、相変わらず、私にとって人事は、大きな難問である。梅のつぼみが膨らみ、沈丁花の匂いが漂う冷たい早春は、昔のことなどが優しい感傷に包まれて思い起こされる季節なのだが。


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