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新聞紙で保温

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 新聞紙にくるまると、結構、温まるということを発見したのは、社会人になって2、3年目の頃だった。社会人になったのも、怠惰という病から抜け出せないで遅れてしまい、新聞の求人欄を見て、楽そうな組織だからと応募し、入社できたのはいいのだが、いささか過大な自己宣伝をしたせいで、私の知識・能力では手に余るような仕事が次々と降ってきて、それをこなすには、オフィスに寝泊りしないと間に合わなかったのである。冬など、当然のことながら、深夜には空調が切れる。午前3時頃になると、ひと眠りしたくなるのだが、ソファで横になると風邪をひくに違いない。「鈴木さん、新聞紙にくるまると、温かいよ」と、教えてくれた先輩がいて、真似てみたら、意外に保温効果があることを発見したのである。

 インターネットがなかった時代、ちょっとした調べものでも時間がかかった。少しばかり過剰な自己宣伝により、給与の割り増しを勝ち取ったのだが、入社して仕事につくと、すぐに化けの皮がはがれて、ひどい目に遭うということを、身をもって体験した。

 睡眠不足に耐える体力があったので、なんとか給与に見合う程度の働きはしていたと思うのだが、そのうちに仕事が面白くなってしまった記憶がある。それが高じて、まったく家庭を顧みないほど仕事に没頭する生活が続いた。それが当たり前だった時代でもある。戦後の廃墟から、奇跡の経済復興を成し遂げて、「豊かさ」を求める時代への転換期に大学を卒業したのだから、遮二無二、働くことが当たり前だった。たまたまアルバイトの才があったようで、なんとか飲み食いできる程度の稼ぎを手にして、身勝手な生活をしてきたのだが、組織に属す社会人になって初めてわかったのは、組織で働くことの面白さだった。個人のレベルでは、到底、見出せない仕事があり、その過程で身につく知識や経験の蓄積が面白くなってしまったのである。

 「日本で開発競争をやるのは無理だなぁ。すぐれた技術者がいるのはよくわかるけれど、この世界で競争するには、制約が多過ぎて。日本は重要な市場だからマーケティング部門に特化した形にならざるを得ない。日本の技術者が台湾に来て働いてくれるのなら話は別だし、実際、そうしているけれど。中国の経済成長が凄いといっても、1人当たりのGDPは、まだ日本の4分の1でしょう。日本は豊かになったのですよ。豊かになった日本は、豊かさしか求めなくなる。豊かさというのはお金だけでなく、ゆとりあるライフスタイルとか、そっちに関心が行ってしまい、国の政策もゆとりを求めるようになる。そういった風潮の国の制約のなか、ITという熾烈な国際競争の分野で開発競争は難しいと思う」。

 20数年の付き合いの知人と飲んでいたら、そんな話になった。同じ頃に会社を設立し、いまや著名なグローバル企業にまでにした知人は、日本贔屓なのだが、IT分野の開発競争については、日本では難しいという。

 「シリコンバレーのエネルギーは、世界中から才能のある若者が、言葉の響きは良くないが、一攫千金を目指して、体力の続く限り頑張る。彼らのエネルギーは日本にはない。あったとしても、国の政策がそれを止めてしまっている気がする」と。

 そういえば、私の視力は25歳まで1.5もあったのに、社会人になって3年もすると、一気に0.2になって、眼鏡が離せなくなってしまった。そんな時代だった。


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