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再び、ヴァスコ・ダ・ガマを

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 梅雨の時期、海外出張が続いた。日中でも鈍くひかりを失った梅雨空の庭に、濡れた紫陽花が鮮やかにひらいている光景を見るたびに、昔のことなど思い浮かべるのだが、今年は紫陽花を見る機会すら逃してしまった。日本に戻ると、梅雨空はあるが、雨に触れる機会は少なかったような気がする。「紫陽花や藪を小庭の別座敷」(芭蕉)。梅雨時にひらく紫陽花の美しさを、その想いとともにこれほど的確に描いた句はない。小さく切り取った紫陽花の光景を短い言葉に結晶することで、空間が時間に広がっていく。

 欧州では無差別テロが頻発し、その頻度は増すばかりである。パリでは観光客が激減している。ユーロスターがパリの北駅に着くと、駅の構内を出て、一目散にタクシーに乗る。表通りに行くと、そこはフランスではなく、難民の吹きだまりのような怖い空間である。多くはアフリカ大陸から流れてきて、無国籍のまま住み着いた人々らしい。無国籍の難民であっても、フランスでは、子どもが生まれると補助金が出る。その補助金で生活費を得るために、毎年、子どもをつくる人々も多いという。植民地時代の陰の歴史である。ヒューマニズムと民主主義を基盤とする社会になって、難民の扱いは難しくなるばかりである。

 人が生きていくことの価値に明確な階層をつけ、その頂点に西欧文化を据えてきた枠組みが、グローバル化によって崩れていく過程が現在だとしたら、その軋轢はますます深刻な事態をむかえざるを得ない気がする。イスラム文化がなければ、ギリシャの文化も西欧には伝わらず、ルネサンスも生まれなかったといっても、それは昔のことで、ギリシャの文化を西欧に伝えた最大の翻訳者は、シリアの学者だったという話も、現在のシリア情勢を目の当たりにすると、忘れ去られた御伽噺にしか聞こえない。

 大航海時代に権力者の野心が地球規模に膨らみ、デカルトの哲学によって自然は征服されるべき対象となり、帝国主義の熾烈な戦いは、西欧を自ら崩壊させた二つの戦争で終結した。その後、米ソが覇権を争う世界が始まり、70年を超す時間を経ているのだが、軍事・経済・文化など、あらゆる事象が、地球規模で密接に関わらざるを得ない現在に至っても、西欧、それに米国の価値基準が世界の仕組みの頂点にあるという考えは変わらない。頻発する自爆テロは、軋み続け、亀裂が深まる世界の構造そのものを否定しようとする行為なのかもしれない。

 敗戦後すぐに生まれた私も、進駐軍の本部や住宅を横に、戦争によって廃墟と化した風景が目につく場所で西欧文化崇拝のまま育った。我が家に立て掛けられていた三味線には触れたこともなく、無闇に暗記をさせられた漢文も辛い時間の記憶としてしか残っていない。コンピュータに通信機能がつくという技術に驚いたのは45年も前のことだ。自らの記憶を辿ってみると、奇妙なものである。世界の情勢を語るべきなにものもないはずなのに、ふと、書いてみたくなる。

 だいぶ前に、アフリカ大陸の南端を経由してインドに達したヴァスコ・ダ・ガマが大航海時代を開いたように、情報の世界においてインターネットは、ガマとは違った次元で地球を変えてしまうものだと書いた記憶がある。少しは酒に浸る時間を減らして、そんなことを考えようかと、思ってはいるのだが。


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