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Starlinkの登場はこれまでの衛星(注1)インターネットが持つイメージを変えてしまいました。Starlinkに触発された新たなプレーヤーも次々に登場しています。本フォーカス・リサーチでは衛星インターネットの歴史を振り返り、Starlinkについて解説します。そして衛星インターネットはどこに向かっていくのか、可能性を探っていきたいと思います。
地球を周回している衛星の軌道は高度を基準にGEO・MEO・LEOの3種類に分類できます(図-1)。それぞれの特徴を整理すると、GEO(Geostationary Earth Orbit)は、約36,000kmの高さに位置し、地球の自転と同期した静止軌道となります。GEO衛星は地上局からの位置が固定され、広域をカバーしますが、遅延が大きいのが欠点です。MEO(Medium Earth Orbit)は約2,000〜35,000kmの高さで、GPS衛星などに用いられ、中程度の遅延とバランスの取れたカバー範囲を提供します。LEO(Low Earth Orbit)は約160〜2,000kmの高さで、低遅延と高帯域が強みですが、地球全体をカバーするためには多数の衛星を必要とし運用コストがかさみます(表-1)。
SATNET(Satellite Network、またはAtlantic Packet Satellite Network)は、1970年代に米国国防高等研究計画局(DARPA)によって開発された衛星ベースのネットワークです。これは、ARPANET(Advanced Research Projects Agency Network)を衛星(Intelsat IV)経由でヨーロッパに接続する実験プロジェクトであり、衛星インターネットの先駆けと言えます。
日本の研究ではWIDE Project(Widely Integrated Distributed Environment Project)によるAI3(Asian Internet Interconnection Initiatives)プロジェクトがあります。アジア太平洋地域、特に東南アジアの研究機関を衛星リンクで接続し、インターネットインフラの構築とネットワーク技術の研究開発を目的とし、日本のJSAT(スカパーJSAT)の衛星を使っています。SATNETの研究から約20年、インターネットが研究ネットワークとして世界中に普及していく中での活動であり、単方向リンク(UDL、Uni Directional Link)を開発・展開し、UDLR(Uni Directional Link Routing)技術の標準化に貢献しています。このUDLでIPv6とマルチキャストを運用し、アジアのより広いエリアの接続に貢献しました。
GEO衛星を使った商用インターネットサービスは1990年代後半に本格化しています。1996年、Hughes Network SystemsがDirecPCを初の消費者向け衛星ブロードバンドとして開始しました。2004年にはWildBlueがKaバンド衛星を使った高速サービスを提供しましたが、2009年にViasatに買収されています。現在はHughesnet、Viasat、Konnect、SES Astra、Inmarsat、ExBird、SKY Perfect JSA(EsBird)、China Satcomといった事業者がサービスを提供しています。
MEO衛星を使った商用インターネットサービスは、O3b Networksが2007年に設立され、2013年に4機の衛星を打ち上げ、サービスを開始しました。O3bは2016年にSESに買収され、現在はSES NetworksとしてO3b mPOWER(第2世代、2022年打ち上げ開始、2024年4月運用開始)を提供しています。衛星は現在10機が稼働しています。
LEO衛星を使った商用サービスでは、Iridiumが1998年11月、Globalstarは1999年2月にサービスを開始しています。両社は一旦破産していますが、その後復活し、音声通信を中心にサービスを続けています。Teledesicのブロードバンド構想は1990年代初頭(1990年設立)に始まり、Iridium/Globalstarの競合として1997年にはFCC承認まで進みましたが、2003年に中止となっています。
LEOの飛躍はOneWebから始まります。そして大きく成功したのがStarlinkです。Starlinkに続けとProject Kuiperが準備中で、中国勢も追いかけようとしています。
OneWebは、グレッグ・ワイラー氏が2012年に構想を始め、2019年に運用を開始しました。資金難や地政学的課題を乗り越え、2023年にEutelsatと合併しています。現在はEutelsat OneWebとして、648機の衛星を運用し、欧州・米国を中心にサービスを拡大中です。
Starlinkはイーロン・マスク氏の構想から始まりました。2015年に公表されたこのプロジェクトは、衛星の大量生産と再利用ロケット技術を活用し、現在8,500機を超える衛星を展開しています。ユーザは750万を超え、150ヵ国以上の国にサービスを展開しています。
Project Kuiperは2019年に設立されたAmazonの子会社で、2025年末のサービス開始に向けて準備を進めています。軌道にある衛星は約129機とされています。
Qianfan(千帆、Thousand Sails)は、Shanghai Spacecom Satellite Technology(SSST)が主導する中国の衛星です。Starlinkを意識しており、2024年8月に初打ち上げ、軌道にあるのは約90機とされています。
GuoWang(国家網、Guowang)は、China SatNetが主導する中国の国家プロジェクトで、これもStarlinkを意識しています。2024年12月に初打ち上げ、軌道にあるのは約95機とされています。
Starlinkはアメリカの民間企業SpaceX(Space Exploration Technologies Corp.)のサービスです。2015年に創業者イーロン・マスク氏がアイデアを発表。2019年に60機の衛星で限定ベータサービスを開始して以来急速に成長しています。2025年10月現在、地球上空を周回する衛星は約8,500機を超え150カ国を超える国、約750万人のユーザが利用しています。日本では2022年10月からサービスを提供しています。
Starlinkのアーキテクチャを示します(図-2)。
通信は、User Terminal → Starlinkコンステレーション → Gateway → POPを通ってインターネットにつながります。
図-2 Starlink Architecture
StarlinkにつなげるにはUser Terminalが必要です。公式サイトや正規の量販店から購入する以外にも、様々な入手方法が存在します。
User Terminalには複数の種類があり、Standardの他に超小型のMINIや、厳しい環境や海上利用を想定したPerformanceが存在します(図-3)。
図-3 User Terminalの様々な世代
可動スタンドからキックスタンドに変わっていった
User Terminalは自分の位置情報とStarlink衛星の軌道データを使って、通信可能なStarlink衛星を選択します。電波の指向性はフェーズドアレイを使って電子的に自動的追従するので、ユーザが調整する必要はありません。Starlink衛星は地球の低軌道を覆っており、コンステレーションを形成しています。現在約8,500機が稼働しているそうですが、日々増強やメンテナンスが行われているため、正確な数はSpaceXにしか分かりません。
衛星コンステレーションや衛星の確認にはsatellitemap.spaceが良くできています。このサイトはspace-track.orgの公開データから軌道を基に衛星コンステレーションや衛星を可視化してくれます(図-4、図-5、図-6)。
図-4 地球全体に分散しているStarlink衛星
この時点で8,622機の衛星があるようだ
図-5 筆者がいる東京から見たとある時刻の衛星の配置
User Terminalが近くの衛星を選択している様子。
選択アルゴリズムは非公開なので、これはあくまで想像
図-6 同じく東京の地上から見える衛星の配置
視界には数10の衛星が入っていることが分かる
可視化に使っているアルゴリズムをSpaceXは公開していないので、あくまで参考情報ですが、イメージは伝わるかと思います。
Starlink衛星の型ですが、現在V1.5とV2miniという衛星が稼働しています。次世代衛星としてV3が計画されており、SpaceXの新しいロケットStarshipを使って投入が計画されています(図-7)。V3は従来の10倍の性能を持つと言われており、新型のUser Terminalとの組み合わせで1Gbpsの通信速度をサポートする計画になっています。
SpaceXは衛星の数を増やすこと、衛星を新型に入れ替えていくことで、コンステレーション全体の能力向上を図っていく計画です。
Gatewayは、衛星と地上インターネットの橋渡し役です。衛星からデータを中継し、POPに送ります。日本では、北海道、秋田、茨城、山口の4ヵ所に設置されていることが確認されています(図-8)。
図-8 日本のGateway
北海道、秋田、茨城、山口の4ヵ所に設置され、通信は東京のPOPに集まる
POP(Point of Presence)はインターネットへの接続点でUser TerminalからPOPまでがL2ネットワークのように見えています。IPv4での接続はPOPからDHCPを使ってISP Shared Address(100.64.0.0/10)が配布されます。この場合ユーザはCGNAT経由で共用IPv4アドレスインターネットにつながります。一部のメニューではパブリックIPv4をDHCPで取得して通信ができます。IPv6はパブリックIPv6アドレスがDHCPv6-PDで切り出されてくるのでこれを使って通信することができます。
2022年1月15日に発生したトンガの火山噴火は観測史上最大級の水中噴火でした。海底ケーブルが切断され、トンガは通信的にも孤立してしまいましたが、Starlinkが迅速に介入し、復旧の鍵となりました。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻ではStarlinkが破壊された地上通信インフラの代替として急速に導入され、ウクライナの軍事・民間通信を支えました。2024年1月1日に発生した能登半島地震ではKDDIやSoftBankやDocomoがStarlinkを投入し被災地の通信回復を支えました。その後も、世界各地で起きている災害の現場でStarlinkは活躍しています。
創業者イーロン・マスク氏のビジョンは「人類を多惑星種にする」ことです。ターゲットは火星です。火星までのロードマップを達成するには巨額の資金、技術的なブレークスルーが必要になります。Starlinkは技術開発のための資金源なのです(図-9)。
図-9 SpaceXの目的
Starlink成功の鍵は衛星を運ぶために開発したロケット(Falcon 9)でした(図-10)。このロケットの特徴は1段目とフェアリングが再利用できることです。使用済みのロケットは打ち上げ場所まで戻し、海上に配置したドローン船に着陸・回収し再整備されます。
図-10 Falcon 9によるミッションの流れ
ロケットは自動的にドローンシップに着陸する(注3)。
ロケットを回収し、整備後に再利用できるようにするまでにかかる時間は10日間程度です。ブースターの中には30回を超えて再利用されているものもあり、再利用性が非常に高いことが分かります。ロケットは現在30機程度が稼働しており、2024年は132回の打ち上げを実施、2025年は170回を計画しています。1回当たり26機のStarlink衛星を軌道に投入しているので、年間4400機を超える衛星の投入能力があることになります。
軌道に投入する大量の衛星自体を生産しているのもSpaceXです。ロケットには再利用していない2段目のロケットもあるわけですが、その生産をしているのもSpaceXです。数千機規模の衛星を自社生産できる能力、それを打ち上げるインフラ、衛星コンステレーションを運用できる体制、新しいロケットの開発・テスト。衛星からロケットまで垂直統合し、Starlinkや他社向けの打ち上げサービスの収益で運用していく方策。これまで誰も成し得なかったことにSpaceXは挑戦していることになります。
現在のインターネットを支えているのは、地上で整備された通信網です。光ファイバーを用い、地上はもちろん、海底ケーブルを敷設して大陸間をつなぎ世界中をつなげています。携帯電話の無線ネットワークにしても、基地局をつないでいるのはこれらの通信路です。ところが、この地上ネットワークの敷設と維持には多大な費用がかかっています。
低軌道衛星を使った通信網は、新たなインフラとなる可能性が出てきました。これまで光ファイバーを使って設置していた部分は、衛星間の光リンクに置き換えることができます。衛星はインターサテライトリンク(ISL)と呼ばれるレーザー通信機を装備しており、複数のStarlinkでメッシュネットワークを構築して、地上からの通信を効率よく処理します。SpaceXによって衛星打ち上げのコストが劇的に下がったので、こんなことが考えられるようになったのです。
衛星間をつなぐ光リンクは光ファイバーよりも有利な面があります。光が真空中を進む速度は秒速30万kmですが、光ファイバーの中だと20万kmの速度まで下がってしまいます。例えば北アメリカ大陸で、東海岸から西海岸までは約8,000kmあります。地上から衛星までの距離を550kmとすると、全体の距離は9,100kmになる計算です。地上の8,000kmを光ファイバーで進むと40msの時間がかかります。衛星を介せば距離は9,100kmに延びますが、30msで到達する理屈になります。片道10ms、往復で考えれば20ms速いとなれば、衛星インターネットに有利な面は多々ありそうです(図-11)。
図-11 衛星間通信と地球上の距離の関係
地球が曲面である事、常に衛星まで最短距離で繋がるわけではない事、
海底ケーブルのたわみ、中継機の遅延などさまざまな影響があるため、
単純な比較は難しい。
Starlinkの衛星間レーザーリンクは、既に200Gbpsの速度を実現しています。地上ではこれよりも速い通信がいくらでもありますが、衛星が充実してメッシュで通信路を確保できる世界になれば、衛星インフラの方が有利な面も増えてくるのではないかと思います。将来的に、地上にいるユーザもレーザー通信を搭載した端末を大量生産・利用するようになり、安くて超高速なネットワークは、衛星インフラで実現するようになるかもしれません。
SpaceXの火星計画において、Starlinkも更に進化していく計画があります。地球から火星までの通信時間は、惑星距離に応じて3分から22分、往復で考えると6分から44分かかります。これを従来のTCP/IPで吸収するのは難しいです。衛星インターネットの世界では多惑星の未来に向かって今後も研究が進むでしょう。どんな研究成果が出てくるのか。地球での生活にどんな影響を与えていくのか。これからが楽しみです。
執筆者プロフィール

谷口 崇(たにぐち たかし)
IIJ マーケティング統括本部 マーケティング本部 フェロー 宇宙事業推進室 兼務
1995年IIJ入社、個人向けサービスのインフラ構築・運用などに携わる。2006年からゲーム業界に出向し、AAAタイトルやソーシャルゲームのシステム開発・運用に取り組んだのち、2022年にIIJ復帰。Starlinkの登場を契機に、かねてから強かった宇宙分野への関心を深め、これまでの経験を礎に果敢な挑戦を展開中。格闘ゲームで世界チャンピオンの従兄弟がいる。
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