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家庭内ネットワークにどのくらいの数の機器が接続されているか、改めて数えてみたことはあるでしょうか。PCやスマートフォン、タブレット、プリンターといったIT機器に加え、ゲーム機、テレビ、更には炊飯器、エアコン、オーディオといった家電製品もWi-Fi機能を備え、ネットワークに接続されるようになりました。1人でスマートフォンとタブレットなど2台以上のモバイル端末を持っていることも一般的になり、家族のいる世帯であれば接続台数が10台を超えることも珍しくありません。
加えて、家庭で利用される機器は、オフィス環境よりもはるかに多種多様です。オフィスで使われるIT機器の多くは、IPアドレスや接続性を確認するための標準的なツールが備わっています。一方、テレビなどの家電製品では、割り当てられたIPアドレスやMACアドレスを確認することは容易ではなく、その操作体系もメーカや機種ごとに異なるのが一般的です。しかも家庭内では、有線ネットワークやWi-Fiといった一般的なネットワーク規格に加えて、オーディオ専用ケーブルやBluetoothなどの近接通信も混在して利用されています。
更に、家庭内には必ずしもITの専門知識を持つ人がいるわけではありません。例えば、高齢者の住む実家のネットワークトラブルへの対応を頼まれ、その解決に苦心した経験がある方も多いのではないでしょうか。「つながらない」「動かない」という訴えに対し、原因が個別の機器にあるのか、ネットワーク設定の不備なのか、あるいは周辺機器との競合なのかを、一括して把握する手段は現状存在しません。また、外部から状況を正確に把握する手段も乏しいため、結果として「現地に行かなければ直せない」という事態を招いています。
このような状態は、単に不便なだけでなく、ネットワーク全体にセキュリティ面で影響を及ぼす可能性もあります。実際に、ホームルータやWebカメラなどの脆弱性を突かれ、大規模なDDoS攻撃に加担するボットネットの一部となった事例も報告されています。ホームネットワークが生活インフラとして重要性を増していく中、個別の機器が「つながる」段階を超え、システム全体として「管理できる」状態になることが求められています。
こうした背景から、家庭内のマルチメディア機器の構成管理を体系化し、相互運用性を確保するための共通の枠組みが模索されてきました。本稿では、IEC TC 100 TA 18(現在はWG31が担当)において策定された国際規格「IEC 62608-1 Ed. 2.0:2025 Multimedia home network configuration - Basic reference model -(マルチメディアの家庭内ネットワーク機器構成-基本参照モデル-)」について、その策定に至るまでの経緯と、規格が定義する技術的な内容を解説します。なお筆者は、IEC 62608の初版策定から、リーダーとして標準化を推進している立場です。
ホームネットワークのように多種多様な機器が混在する環境において、相互運用性を確保するためには「標準化」が不可欠です。家電は同一メーカで揃えることが好まれた時代もありましたが、種類が多様化し、異なるメーカの製品を組み合わせて利用することが一般的になってきています。機器同士を物理的につなぐケーブルや端子は徐々に標準化が進んできています。しかし、例えば異なるメーカのテレビとレコーダを接続した場合には、連携機能が期待どおりに動作しないことは少なくありませんでした。ネットワーク接続の方式や前提も様々であり、メーカによって独自の工夫がなされた結果、異なるメーカ間ではデータの転送ができないといった場合もありました。
ところで、標準化と一言で言っても、その成立過程や役割によっていくつかの種類が存在します。国際標準化は、大きく分けて以下の3つの形態があります。
今回紹介するIEC 62608は、国際的な公的機関が定める「デジュール標準」です。
これまで、UPnPはデバイスの自動発見や制御を容易にし、DLNAはその上でマルチメディアコンテンツを共有する仕組みを確立してきました。IEC 62608-1でもこれらの規格を参照しています。しかし、これらは「特定のサービスを動かすこと」を実現しましたが、ネットワーク全体を「1つのシステムとして構成管理する」という観点は十分ではありませんでした。各機器が組み合わされてホームネットワーク内でどのような構成情報を持ち、どのように動作するかを俯瞰できる「参照モデル」は用意されていませんでした。
IEC 62608の目的は、既存の個別プロトコルを統合し、上位から全体を管理するための共通の枠組みを提供することです。この階層での標準化により、以下のメリットが期待されます。
このような標準化は利用者にとって有益ですが、いまだ実現はされておらず、IEC 62608もまだ普及したとは言えない状態です。この実現のためには、技術的な議論だけでなく、国内外の標準化組織のスコープや影響範囲に関する課題に対応する必要がありました。
歴史上、通信規格と機器(製品)規格は、それぞれ異なる行政機関や標準化組織によって管理されてきました。特に家電製品は、機器としての独立した強力な世界市場とコミュニティを持っています。しかし、近年のインターネットの普及と機器のネットワーク化によって、それぞれの専門領域(スコープ)の境界は曖昧になりつつあります。
そのため、ホームネットワークの構成管理を標準化する上では、技術的な検討と並行して、標準化組織及び行政のスコープに起因する調整が必要となりました。図-1に示す及び、ホームネットワークは、境界となる「ホームゲートウェイ」を境に2つの異なる標準化の世界に分かれています。それぞれのスコープは以下のとおりです。
図-1 標準化の専門範囲と本規格の位置付け
ユーザが利用するサービスは、家庭内の「機器」と外の「インターネット」がホームゲートウェイを介してシームレスに接続することで成り立ちます。ホームゲートウェイは、一般に家庭と外のインターネットを接続するだけでなく、アドレス変換(NAT)やファイアウォールの役割を担っており、技術的にはインターネット側の使用に基づいたネットワーク機器として設計されています。家庭内の機器に対してネットワークに接続するための機能は提供していますが、管理についての議論はされていませんでした。
IEC 62608の策定にあたっては、この両方それぞれの動きをフォローしながら進める必要がありました。そこで私たちは、JEITAを主軸としつつも通信側のTTCに参加し、またTTC側からもJEITAに参加していただくといった、情報交換体制を構築しました。このように国内での連携によって整理された内容は、日本からの提案としてIECの国際会議に提出されました。
国際標準化の提案先となったIEC( 国際電気標準会議、 International Electrotechnical Commission)は、1906年に発足した電気工学、電子工学、及び関連した技術を扱う国際的な標準化団体です。正会員・準会員合わせて90ヵ国以上が参加し、発電や送電などのエネルギー関連、電気音響学、マルチメディア、遠隔通信、またこれらに関連する用語や記号、互換性、測定や性能、信頼性などのデジュール標準を定めています。
IECの活動は、分野ごとの「技術委員会(TC:Technical Committee)」に分かれて行われます。本規格を提出したTC 100(Audio, video and multimedia systems and equipment)は、オーディオ、ビデオ、マルチメディアシステムと機器を専門に扱う委員会です。更にその下には、特定の技術領域を受け持つ「WG(Working Group)」が置かれています。
本規格を議論したWG31は、「エンドユーザネットワーク向けのマルチメディアホームシステム及びアプリケーション、Multimedia home systems and applications for end-user networks」をスコープとしています。
WG31の前身であるTA18は、我々に身近な技術の国際標準化を多数制定してきました。その代表例がUSBです。USBの仕様そのものは、企業連合であるUSB-IF(USB Implementers Forum)が策定したコンソーシアム標準ですが、これをIEC 62680シリーズとして国際標準化し、管理しています。
昨今、欧州連合(EU)ではSDGsの取り組みとして電子廃棄物削減の動きがあり、特定の電子機器の充電端子をUSB-Cに統一する無線機器指令の改正(欧州司令2022/2380)が発行されました。これにより、特定のポータブル電子機器にUSB-C充電インタフェースの使用が義務付けられました。電子機器ごとに異なる充電器やケーブルを用意することなく、手持ちのUSB-Cを再利用できるようになります。ここで技術的な参照規格として引用されているのが、IEC 62680シリーズの国際規格です。
IEC 62608は、このようなエンドユーザの接続も意識しつつ、ホームネットワークの論理的な管理の国際規格として策定を進めてきました。
IEC 62608は、多種多様な機器が混在するホームネットワークを1つの統合されたシステムとして管理するための「基本参照モデル」を定義しています。
本シリーズは、2014年にPart1:System Modelが、2017年にPart2:Operational Modelがそれぞれ制定、発行されていました。しかし、初版の発行から時間が経過し、クラウドサービスや無線LANの普及など、ホームネットワークを取り巻く状況は大きく変化しました。
こうした状況を受け、2021年にPart1の改訂作業に着手し、2025年に最新版となるIEC 62608-1 Ed. 2.0:2025が発行されました。本節では、この基本参照モデルの概要と改訂の経緯、及び技術的な特徴について説明します。
図-2に示すとおり、本規格のシステムモデルではネットワーク上の機能を「管理する側」と「管理される側」の2つの論理的なエンティティに分離して定義しています。
図-2 IEC 62608の参照モデル
なお、本規格におけるConfiguratorやAgentは、特定の機器や製品を指すものではなく、あくまで役割として定義されています。そのため、1つの機器が複数の役割を担ったり、利用形態に応じて役割の配置が変わったりすることも想定されています。この考え方は、機器やネットワークの環境変化や利用形態の変化に対応できるよう意図されたものです。
さて、初版の発行時には、無線LANがあまり普及していなかったため、有線ネットワークのみを対象としていました。またクラウドを介したデータ共有も一般的ではなかったため、言及していませんでした。当時の環境においてホームネットワーク間でデータを共有するには、何らかの方法でホームネットワーク内を接続する必要があったのです。
今回の改訂版では、実態に即するように無線LANを対象に含め、クラウド利用を前提としたサービスサーバという概念を導入しました。これにより、構成管理の対象を宅内ネットワークの範囲に限定せず、外部に配置された機能との関係を含めて整理できるようになっています。また、機器とネットワークの関係について、実態(機器)と機能(実現すること)とが混同されやすいという課題に対し、階層構造を導入することで役割を明確にしました。
更に、具体的な適用イメージを共有するため、付録にユースケースを追加しました。図-3はスタジオでのオーディオ機器の自動設定にIEC 62608の参照モデルを利用する例です。
マルチメディアとオーディオ機器のエキスパートが集まるWG31(旧TA18)だからこその視点であり、メンバーの方々からのアイデアとアドバイスによって作成されました。
図-3 スタジオ設定のユースケース
実は、IEC 62608の構想は、2002年ごろまでさかのぼります。当時、インターネットの標準化団体IETFで、ネットワーク機器の遠隔設定プロトコルXMLCONF(現在のNETCONF)が提案されました。この話をTC100メンバーに共有したところ、いずれホームネットワークにも必要になるだろうというアイデアが出されました。
しかし、装置の設定管理は人手で個別に行っていた当時、XMLCONFはIETFでも必要性に対する理解が得られにくく、標準化は難航していました。またこの頃は、家電がネットワークにつながることも一般的でなく必要性も理解されず、ネットワーク接続機能がある方が売れないような時代でした。従って、先進的な一部のメンバーで活動はしていたものの、TC100側でもなかなか理解が進みませんでした。
それから20年以上を経て、インターネットもホームネットワークを取り巻く環境も大幅に変わりました。インターネットはNETCONFの標準化と運用管理の自動化、ホームネットワークは、無線LANの普及、クラウドの登場、スマートフォンの普及、家電のネットワーク化、など、当時とはまったく違う状況になっています。ホームネットワークの管理はこれから真に求められるフェーズになるだろうと感じています。
IEC 62608のPart1の改訂は完了しましたが、Part2:Operational Modelも時代に合わない状況になっており、改訂が必要な状態にあります。Part2は、ホームネットワーク管理のための情報収集や設定の手順を定めており、TTC TR-1062「ホーム ネットワークサービスにおけるカスタマーサポートユースケース」と密接に対応しています。
そのため、Part2の改訂時にはTR-1062も同時に改訂していく必要があります。再び2つの分野をまたがって調整していくことになりますが、運用管理を容易にしたいという動機は共有しています。多くの関係者の協力を得ながら、進めていけるものと信じています。
昨今、スマートホームの世界ではMatterという新しい規格が登場しました。これにより多種多様な家電やセンサー、ドアロックなどまでがホームネットワークに接続されるようになりました。Matterは、接続手順やアプリケーションが洗練されていて分かりやすく、家電の操作やセンサーデータの閲覧が簡単にできるようになります。もはやネットワークは意識されないかもしれません。
しかし、ネットワークを意識しなくてもつながるようになればなるほど、いざつながらない、動かない、といったトラブル時に、情報がなければ原因の特定や対応が困難になります。特にネットワークのトラブルは機器などの単体に閉じることなく、ソフトウェアや設定など複数の原因の複合で起きやすいからです。このようなときにIEC 62608に基づいた構成情報を得ることができれば、対処・復旧の助けになるはずです。本規格は、普段は意識されない縁の下の力持ちのような存在として、ホームネットワークの信頼性を支えるものになると信じています。
最後に、国際標準化活動について触れたいと思います。最近は、自社で革新的な技術を開発しながら標準化も先導するような企業が現れてきました。標準化することが市場に有利となる場面もあります。これからの新規技術動向調査においては、標準化活動の動きを追うことも重要になってくると感じています。
標準化団体は、デジュール・デファクトという違いだけでなく、団体によって参加方法も標準化手順も文化も違います。その違いを超えて、リエゾンという形で団体同士の協力関係も築かれています。本規格もこれからも多方面と協力しながら、活動を推進したいと考えています。
執筆者プロフィール

新 麗 (あたらし れい)
IIJ技術研究所研究企画室。人に優しいインターネットの実現を目指し、誰もが使いやすい自動化インフラに関する研究開発および標準化活 動に取り組んでいる。
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