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コラム|Column

パンチャシラの存在と宗教

インドネシアという国家をまとめている重要な要素がもう一つあります。それはパンチャシラ(建国五原則)と呼ばれるものの存在です。それらは、

(1) 唯一神への信仰
(2) 公正な人道主義
(3)インドネシアの独立
(4) 合議制と代議制に基づく民主主義
(5) 全国民に対する社会的公正

という5つの原則で、国の独立を宣言した際に発布された1945年憲法の前文に記載されています。パンチャが「5」、シラが「原則」を表します。これらのなかで、日本人とってなじみが薄いのは第一原則、すなわち唯一神への信仰でしょう。インドネシア国民は、宗教を信じることが求められているのです。しかもその宗教とは、イスラム教、カトリック教、プロテスタント教、ヒンドゥー教、仏教、儒教の6つを指し、それ以外の精霊信仰などは「信仰」として区別されます。キリスト教は2つに分けられています。

インドネシアは、全人口の9割近くがイスラム教徒であり、一国としては世界最大のイスラム人口を持つ国です。しかし、イスラム教は国教ではありません。6宗教のどれかを信じることが求められますが、どれを信じるかは個人の自由です。宗教を信じない人は共産主義者と見なされる可能性があります。インドネシアでは共産主義者のイメージがとても悪く、その背景については、また別の回でご説明することにします。

ただし、宗教を信じるといっても、人によって信仰の度合いは異なります。なかには、「身分証明証イスラム」という形だけの人もいます。パンチャシラは学校で教科として教えられ、子供たちはそれを暗記させられます。しかし、パンチャシラの内容は漠としていて、厳密な規定などはありません。もっとも、様々なものを包含できるが故に、パンチャシラは国家をまとめる重要な要素となっている面もあります。

民族主義とゆるさの共存

ここまで読まれた皆さんには、かつてバラバラだった領域に住む様々な種族や言語の人々が一つにまとまった国家がインドネシアであり、人々の意識を国家に向けさせるために、インドネシア語やパンチャシラが重要な役割を果たしたことをご理解いただけたのではないかと思います。

そんななか、最近、外国人に対するビザ発給が厳しくなったり、国内取引通貨をルピアに限定したりと、インドネシアで民族主義が強まる傾向も出ています。それは、中進国を目指そうとするインドネシアの経済開発への自信の表れでもありますが、ちょっと手綱をゆるめるとバラバラになってしまいそうなインドネシアをまとめるために、意図的に民族主義意識を高めるという面もあります。実際、その領域に住む様々な種族の連合体がインドネシア国民になっているに過ぎないとも言えます。正確に言うと、民族主義というよりも国民主義といったほうが適切かもしれません。

インドネシア人の国民意識は高いのですが、軍人や一部の官僚などを除いて、国家への忠誠度が高いというわけでは必ずしもないようです。実は、我々日本人のような表と裏、本音と建前のようなものが彼らにもあります。法律や規則の文面を字義どおりに寸分違わず遵守するよりも、むしろ抜け穴探しに注力する様子もうかがえます。彼らは、 我々外国人に対して最初は表や建前で接しても、親しくなると裏や本音を出すようになるのです。

インドネシアは多種多様な要素の集まりですので、違うことが当たり前の世界です。インドネシアの人々が我々のようなよそ者に優しいのは、異なるものを許容できる能力が高いためだと思います。ガチッとしていない「ゆるさ」といってもいいでしょう。自分たちに害を及ぼさない限り、よそ者の存在を否定することはありません。ただし、それは「よそ者に従順」という意味とは異なるということに注意が必要です。インドネシアの「多様性のなかの統一」は、もしかすると、単一民族社会で違うものを排除しがちな我々日本人が学ぶべき知恵なのかもしれません。

松井 和久 氏

松井グローカル 代表

1962年生まれ。一橋大学 社会学部卒業、インドネシア大学大学院修士課程修了(経済学)。1985年~2008年までアジア経済研究所(現ジェトロ・アジア経済研究所)にてインドネシア地域研究を担当。その前後、JICA長期専門家(地域開発政策アドバイザー)やJETRO専門家(インドネシア商工会議所アドバイザー)としてインドネシアで勤務。2012年7月からJACビジネスセンターのシニアアドバイザー、2013年9月から同シニアアソシエイト。2013年4月からは、スラバヤを拠点に、中小企業庁の中小企業海外展開現地支援プラットフォームコーディネーター(インドネシア)も務めた。2015年4月以降は日本に拠点を移し、インドネシアとの間を行き来しながら活動中。