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人と空気とインターネット ギタリストがDXで破壊的イノベーションを起こす時代

IIJ.news Vol.170 June 2022

規制緩和や生産性向上が叫ばれる一方、DXというバズワードが一人歩きしている。そうしたなか、意外なところで引き起こされた“破壊的イノベーション”の実例を紹介する。

執筆者プロフィール

IIJ 非常勤顧問

浅羽 登志也

株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。

日本農業の遅れ

毎年お世話になっている上田の田んぼに今年は水が来ないかもしれない、つまり、米作りができないかもしれないという話が昨秋、持ち上がりました。理由は、老朽化した貯水池の補修工事をどうしてもやらなければならないからとのこと。ただ、上田は軽井沢からは距離が離れていて、通うのはそれなりに大変だったので、逆にいい機会だからと、もっと近場で借りられる田んぼはないか、探してみることにしました。近所の知人にあたってみたところ、なんと信濃追分に使っていない田んぼが五反(約5000平米)ほどあるというではないですか。信濃追分ならば家から車で10分ほどです。さっそく見せていただくことにしました。

見学には地域の農業委員の方が立ち会ってくださいました。何年も耕作放棄地だった場所なので、ほぼ全体が草ボウボウで、そこが田んぼだったこともわからないような状態でした。ただ、手前のもっとも人目につく区画だけは、毎年1回、機械で耕起していたそうで、ちょっと頑張れば使えそうでした。広さが一反(約1000平米)強でちょうどいいので、その区画だけお借りすることにしました。すると農業委員の方が「これに記入してください」と言って「利用権設定関係農用地利用集積計画書」をくださったのですが、正直かなり驚きました。なぜ驚くのかわからないかもしれませんが、要は、農家でもない筆者が田んぼを「正規」に借りた瞬間、筆者は農家になることを意味しているからです(たぶん……)。

国内の農地は「農地法」という法律にもとづいて管理されており、ごく簡単に言うと「農家であれば農地を所有できる。農地を所有していれば農家である」というようなことが書いてあります(そう理解しています)。では、どうすれば農家になれるのかは、明確には書かれていません。以前は、新規就農して、農地を手に入れるのはかなり大変なことで、目に見えない壁をいくつも乗り越えなければならなかったのです。

上田の田んぼも、農家さんが所有している田んぼの一部を筆者が使わせてもらっているだけで、正規に借りているものではありません。農地法によると、以前なら最低五反は耕作しなければならず、常時従事条件といって、誰か1人は常に農業を営んでいなければならなかったはずです。この10年くらいのあいだに農地法が改定されて、賃貸借契約的に借りてもいいことになったり、最低五反だったのが地域によっては最低三反にまで条件緩和されているという話は聞いていました。

でも、今回の私のように「近くに田んぼないかなぁ」という気楽なノリで、しかも「たくさんはできないから一反だけでいいです」なんていうヘナチョコぶりでも正規に借りられるなんて……。今はそれほど農業の担い手が減り、日本の農業が弱っている、ということではないかと逆に心配になりました。日本の農業は、農地の集積・集約がむずかしいため、大規模営農による生産性向上が困難と言われています。

IIJも農業IoTなどソリューションを揃えようとしていますが、自動化や遠隔化といった小手先の改善策ではなく、規制緩和なども含めたイノベーションを起こさなければ、若手の営農者は増えないでしょうし、業界の活性化にもならないでしょう。筆者が今回、経験したことが日本の農業の一端だとしたら、それはこれまで日本の農業が抜本的な変革を拒み続けた結果だと言ったら怒られるかもしれませんが。

古い常識を捨てる

最近、巷では「DX」が流行語になっていますが、以前書いたように、単なるデジタル化に留まっているものも少なくないようです。ここで再び「自動レジ」の話は書きませんが、業務やビジネスのあり方を抜本的に改革しない限り、イノベーションにはつながりませんし、新たな価値が生まれるはずもありません。デジタルを活用してイノベーションを起こし、ビジネスのあり方を変革しなければ意味がないのです。

つい先日、友人の若手ギタリストが我が家に遊びに来た時に聞いた話がとても面白く、示唆に富んでいたので紹介したいと思います。彼は3年ほど前にYouTubeを始めて、瞬く間にチャンネル登録者数を7万人超まで増やした新進気鋭のYouTuberでもあります。ギターを弾く人であれば、「おしゃれペンタ選手権」というイベントをご存じの方も多いでしょうが、このコンテンツは彼が開発したものです。

さて、ギタリストに限らずプロのミュージシャンが手がけるビジネスの1つに個人向けレッスンの提供がありますが、コロナ禍で対面レッスンができなくなり、生徒が減ってしまったというケースも少なくないようです。頑張ってオンラインでレッスンを始めたミュージシャンでも、多くは「対面の代わりのオンライン」、言い換えると、対面でやっていたことを、ZOOMなどのデジタルツールを使ってやるのが精一杯で、新たに生徒を獲得してビジネスを拡張するところまではなかなかいっていないようです。そのようなオンライン化では、コンテンツは劣化してしまい、新たな価値は創出できないでしょう。

実はコレ、既存の業務をただそのままデジタル化したりオンライン化するのとまったく同じ構図だと思いませんか?そんな“なんちゃってDX”では、コストと負荷を増やすのみで、価値創造にはつながりませんし、結局、効率が上がらず売上も利益も伸びないため、以前のアナログなやり方に戻してしまったというケースもあるのではないでしょうか。

一方、友人ギタリストは、あれこれ考えた末に新たなタイプのオンラインレッスンを始めて、コロナ禍前に比べて生徒数を一桁増やしたというのですから驚きです。現在、生徒が300人ほどいるそうですが、仮に1人あたり1回1時間のレッスンを1カ月に150時間提供しても、生徒数は150人が限界で、通常は数10人がやっとでしょう。ところが彼はその限界を軽々と突破したばかりか、他の先生の対面レッスンから彼のオンラインレッスンに切り替える人も続出しているそうです。

彼のイノベーションのポイントは、「レッスンはリアルタイムのほうが質が高い」という常識を捨てたことだそうです。その代わりに、オンラインで、しかも非同期でできることは何かを徹底的に考えて、彼がすでに持っている豊富な映像コンテンツをフル活用しつつ、対面レッスン以上に個別指導を充実させる方法を考案し、爆発的に生徒数を増やすことができたというのです。

このところコロナ禍が少し落ち着いてきて、対面レッスンを再開する同業者も多いそうですが、彼は「もう対面には戻れない」と言います。しかも「このやり方のほうが優れていることにまだ誰も気づいていないんですよ」とニコニコしながら語ってくれました。筆者も調子に乗って、「今はまだ講師1人で生徒が数100人だけど、うまくスキーム化できれば、生徒数の桁がさらに増えるかもね。そうしたらギター講師を淘汰してしまうかもしれないよ。これって破壊的イノベーションじゃん!」などと言いながら、2人で大爆笑しました。彼はうちに来るたびに新しい取り組みを始めていて、話を聞いていて本当に楽しいです。

ところで、「この話は単なるギターレッスンの話だ、自分の仕事には関係ない」と思っているあなた!今にあなたの業界にも彼のような若者が現れて、貴社を淘汰してしまうかもしれませんよ。それくらいの危機感を持って、DXによるビジネスの抜本的な変革をどう進めるのか、真剣に考えてほしいと思います。


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