読売新聞社は、1995年というネット黎明期に無料のニュースサイト「YOMIURI ONLINE」をスタートさせるなど、早くからサービスのオンライン化を進めてきた。ただ、およそ四半世紀に渡るサービスの提供を通じ、オンラインでの情報発信自体には大きな意義がないことを感じたという。
「ただ単にオンラインで紙の新聞と同じ情報を発信していては、カニバリゼーションが生ずるだけです。新聞には新聞の、デジタルにはデジタルの役割がある。これをしっかりと理解すること。互いが補完し合ってジャーナリズムの価値範囲を広げることが、デジタル化の本質と考えます。私たちが2019年2月にリリースした『読売新聞オンライン』は、デジタル化の本質を捉えたサービスです」と読売新聞東京本社の加藤浩一氏は話す。
この読売新聞オンラインは、「YOMIURI ONLINE」と定期購読者向けの有料デジタルサービスだった「読売プレミアム」の両サービスを統合する形で生まれた。ただ、サービスが完成するまでの道のりは、決して平坦なものではなかったという。サービス基盤の開発を担当する読売新聞東京本社の森本典顕氏は、次のように述べる。
「数ある技術の中でもインターネットは特に発展がめざましい領域です。ネットの発展にサービスを常に対応させていかなければ、新聞とデジタルの相互補完性が薄れていってしまいます。従って、サービスの提供基盤や開発と運用を行う体制は、アジリティ(俊敏性)が確保されていなければなりません。ただ、ここには1つ、大きな課題がありました」
読売新聞社では従来、サービス基盤の開発と運用をIIJへ委託してきた。「IIJは技術力が非常に高く、信頼できるパートナーです。YOMIURI ONLINEのサービス基盤にIIJのデータセンターを利用していたこともあって、開発と運用を委託してきました」と森本氏は説明する。ただ、そこにはどうしても、見積依頼や発注業務、開発環境の用意といったプロセスが改修の度に発生していた。このリードタイムを圧縮しなければ、読売新聞オンラインを“常に変わっていくサービス”にしていくことは困難だ。
そこで読売新聞社は、読売新聞オンラインの構築にあたりインフラのアウトソースとアプリの内製化を決意。読売新聞東京本社の塚本勇氏は次のように説明する。
「パブリッククラウドの利用を前提とし、公平な視点から各サービスをレビューした結果、Azureを利用したフルクラウドの環境の下、サービスを提供しています。アプリについては内製化をしましたが、IIJには引き続き、サービス基盤の初期構築とリリース後の運用監視を委託しています。従来、IIJに高い信頼を寄せていたことに加え、何よりも評価したのは、マイクロソフトのパートナー認定であるGold Cloud Platform、Gold Cloud Productivityの取得に表れるAzureへの深い理解と技術力でした」。加えて、既存環境とAzureを閉域接続できるネットワークサービスを含め、マルチクラウド構成の提案ができたことも大きなポイントだったという。「Azureの持つ信頼性とIIJの力を組み合わせれば、可用性が高く使い勝手も良いサービス基盤が用意できると期待したのです」(森本氏)。
読売新聞オンラインの開発プロジェクトは、読売新聞社とマイクロソフト、IIJの3社が協働する形で進められた。
サービス基盤には物理冗長化が採用され、万が一の場合でもAzure Site Recoveryを通じてサービスを継続できる。また、システムの稼働状況はIIJ GIOにあるセンターで常に監視しており、障害の発生を未然に防げる。
読売新聞東京本社の麻生研介氏は次のように振り返る。「IIJはコンサルテーションに近い形で私たちの取り組みを支援してくれます。そこで提示される提案も的確なものでした。YOMIURI ONLINE時代から築いてきた信頼関係の賜物だと感じます。また、IIJへ運用監視を委託したことで、開発に割り当てられるリソースも大幅に増やすことができています」。従来は多くても2週間に1度のリリースが限界だったところ、現在では多い時で1週間に3度リリースできているという。
読売新聞オンラインは、サービスをリリースすることがゴールでは無い。ITやインターネットの発展に応じてサービスの在り方を変えていくこと、これによって新聞とデジタルの相互補完の下でジャーナリズムの価値範囲を広げていくことが目的だ。
麻生氏と塚本氏は、ここに必要なアジリティを獲得できたことが一番の成果だと話す。
メディア業界や報道業界は、今、大きな転換期を迎えている。誰もが情報を発信することができる。そんな時代だからこそ必要な情報発信の在り方というものを考えなければならない。読売新聞社は、DNAであるジャーナリズムの追求を目指した歩みを踏み出した。世界有数の新聞社である同社のこの試みに、大きな注目が集まっている。
※ 本記事は2019年5月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。