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時速200キロ超で疾走するレーシングカーから途切れることなく、リアルタイムに映像を送り続ける――IIJグループはSUPER FORMULAの実証実験において、過酷な通信環境のもと、高速移動体を対象とした伝送技術の限界に挑んだ。
サーキットにおける通信環境は、コースの形状や観客席・ピット施設などの建造物の配置がサーキットごとにまったく異なり、反射・遮蔽の影響も含めて電波の届き方が一様ではありません。そのため、実証実験においては、一般的な工場やビルでの利用とは異なり、事前の電波設計である程度の見通しを立てることはできても、実際に電波を出してみなければわからない部分は必ず残ります。
さらに、通信相手となる車両は時速200キロを超える速度でコースを周回します。基地局と車両の位置関係は絶えず変化し、電波の強さや向きも刻々と揺れ動きます。オフィスや工場でのローカル5G導入とは前提条件がまったく異なる、いわば「特殊解」を求められる現場だといえます。
ここで問題になるのが、既存の公衆携帯電話網の限界です。SUPER FORMULA公式アプリ「SFgo」のようなオンボード映像配信サービスは、現状、公衆網を経由して配信されており、不特定多数のユーザと帯域を共有する構造上、観客や関係者の通信がサーキット周辺に集中する場面では、遅延や画質の低下が避けられません。実際、現状のSFgoのオンボード映像配信には10~20秒程度の遅延が生じており、現地で観戦している場合、実際のレース展開からコーナー2つ分ほど遅れて映像が届く計算になります。
ローカル5Gは、企業や自治体などが特定のエリア専用に構築・運用できる自営の5G網です。公衆網のように不特定多数のユーザと帯域を共有する必要がないため、混雑の影響を受けにくく、低遅延かつ安定した通信を確保しやすいという特徴があります。周波数や設備を自ら設計・運用できることから、電波の使い方をサーキット固有の環境に合わせて最適化できる自由度が高い点も見逃せません。「特定のエリア」「高速移動」「一発勝負」という条件が重なるサーキットのような現場でこそ、この技術の強みが生きます。IIJグループがSUPER FORMULAとの実証実験にローカル5Gを選んだのは、まさにこうした理由からです。
一般的なローカル5Gの導入は、工場やオフィスなど固定的な環境を想定し、事前の電波測定と設計にもとづいて基地局を設置すれば、運用上の大きな問題は生じにくいものです。しかしサーキットの場合、対象となる端末が常に高速で移動し続けるうえに、コースごとに条件が異なるため、標準的な導入プロセスをそのまま当てはめることはできません。国内でもこうした高速移動体を対象としたローカル5Gの実証事例はまだ少なく、その意味でも今回の取り組みは先進的な挑戦だったといえます。
実証における最大の技術的な壁が「ハンドオーバー」でした。ハンドオーバーとは、移動する端末が通信を途切れさせることなく、ある基地局のエリアから別の基地局のエリアへと接続を切り替える技術のことです。電車やスマートフォンでの通信でも日常的に行なわれている仕組みですが、実際の高速移動環境下で安定した動作を検証できる機会は、決して多くありません。
サーキットを走行するレーシングカーの場合、電波が届く時間はごくわずかで、基地局から基地局へと電波を受け渡す判定を、極めて短い時間で正確に行なう必要があります。判定が遅れれば通信は瞬断され、映像やデータの伝送が途切れてしまいます。加えて、車両と基地局の相対速度が高いほど、通信品質を安定させることがよりむずかしくなります。先述の通り、サーキットは地形や電波環境が個別に異なるため、最適な基地局の配置やアンテナの向きを机上の設計だけで導き出すことも困難です。
IIJグループは、この課題に段階的に取り組みました。まず2025年1月、もてぎでスポーツカーベースの車両を用いた先行実証を実施し、時速200キロでの低遅延伝送と、時速150キロでのハンドオーバーに成功しました。この手応えを踏まえ、同年9月、JRPが実施するカーボンニュートラル開発テスト(NEXT50の一環)に合わせて、富士スピードウェイで本番となる実証を行ないました。使用されたのは、同テストのために開発された2台のテストカー「赤寅」「白寅」で、これらを走らせながらの実証となりました。
本番では、あくまで車両開発が主役であるテストの場をお借りする立場として、進行の妨げにならないよう配慮しながら、開発車両による日中の走行データを踏まえて、夜間にアンテナの向きなどを1つひとつ調整するという地道な作業を重ねました。その結果、時速290キロでの低遅延伝送、そして時速270キロというサーキットならではの高速走行域でのハンドオーバーに成功しました。1月の先行実証を大きく上回るこの成果は、過酷な環境下でも高速移動体に対して安定した通信を提供できる可能性を示すものとなりました。
こうした技術的な裏付けがあってこそ、公衆網では実現がむずかしいオンボード映像のほぼリアルタイムでの場内配信という展望も、現実味を帯びてきます。時速290キロや時速270キロという数字は、単なる実証記録ではなく、観戦体験そのものを変え得る技術的な土台だと言えます。
一連の実証で得られた知見は、2025年11月に「サーキット向けローカル5Gソリューション」としてサービス化されました。高速で移動する対象に対して安定した通信を提供するという特性は、サーキットに限った話ではありません。工場内を走行するAGV(無人搬送車)・AMR(自律走行搬送ロボット)、広大な物流拠点、多数の観客が集まるスタジアムなど「電波が届きにくい」「一発勝負」的な特性を有する現場への応用も期待されます。“走る実験室”で磨かれた技術は、これからさまざまな現場へと広がっていきそうです。
2025年1月、もてぎで行なわれたスポーツカーベースの車両を用いた先行実証。時速200キロでの低遅延伝送と、時速150キロでのハンドオーバーに成功

4. 開発テスト車両「赤寅」の走行中の様子(運転席のすぐ前にアンテナとカメラを設置)

5. 開発テスト車両「白寅」に搭載されたローカル5Gのアンテナ(左)と伝送端末(右)
富士スピードウェイにおける実証の様子。時速290キロでの低遅延伝送、時速270キロという高速走行域でのハンドオーバーに成功
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