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散歩

IIJ.news vol.196|October 2026

子供の頃から散歩が好きで、というか、「散歩」という言葉すら似つかわしくない年頃から、散歩が好きだった。

子供の頃から散歩が好きで、というか、「散歩」という言葉すら似つかわしくない年頃から、散歩が好きだった。育った家は、子供の足でも横浜港まで歩いて行くことができる場所だった。近くには、競馬場を占領した米国進駐軍の本部があり、戦火を免れた大きな西洋館が並ぶ大通りや、人の出入りを拒絶するかのような樹木に包まれた修道院の静寂な空間があった。

最後のくじ引きで、国立大学の附属小学校に落ちた結果、学区域のいちばん外れから横浜市立の学校に、毎日30分もかけて徒歩で通っていたので、歩くことが好きになったのかもしれない。物音もしない道を、小さな子供が30分もかけて、ひとり歩いて通うというのは、何かと物騒な昨今では考えられないかもしれないが、戦後すぐの日本は、まだまだ安全な国だったに違いない。

夏休みになると、伊豆の下田からバスで西に少し走ったところに、入田浜という素晴らしい海岸があり、その海岸の近くに預けられた。ひと夏、なすこともなく、海を眺めているか、本を読むしかなかった。ある日、その日は波が高かったのだが、浜辺に近い海のなかにいたら、大きな波にさらわれて、体ごと岩にぶつけられ、気がついたときには、胸が血だらけになっていた。浜辺で昼食をとっていた海女さんと、その旦那さんたちに助けられて、介抱された。以来、海女さんたちに可愛がられ、浜辺で一緒に昼飯をとったりするようになったのだが、海を怖がるようになってしまった。

散歩癖はその後も続き、中学、高校、大学と長い散歩を欠かすことはなかった。社会人になると、流石に休日以外の散策は難しくなってしまったが、時間がある時は、暑い夏でも夕方は長い散歩を続けていた。しかし最近は、異常な高温に負けて、休日にたまたま時間ができても、机に座って外を眺めているばかりである。

30度を超せば「暑〜い」と呟いていた時代と違い、すぐに35度を超えてしまう近年の夏は、まったく異なる環境で生きることになったわけで、日常が変わってしまうのは致し方ない。散歩をしては素晴らしい文章を書き続けた永井荷風も、今の時代なら、その暑さに堪えかねて、あのような文章を残すこともなかっただろう。

この夏もいつものように、7月の1週間ほど、ドイツの丘陵地、バイロイトに滞在して、ワーグナーのオペラだけに時間を費やした。パリでは猛暑により多くの死者が出るほどだったが、バイロイトでは20度以下の日が続き、劇場にいるとき以外は、セーターを着込んで、散策をしていた。

ひとりで歩いていると、久しく忘れていた「もの思う」という習慣が戻った気がした。もちろん「もの思う」という大切な経験を忘れていたので、さしたることを思うこともなくなっていたのだが、それでも多少は考えたりする習慣が戻りかけた気がしたのだ。

気候面に関して、欧州のアフリカ大陸化が繰り返し語られるようになっている。暑さで散歩もできず、思考停止に陥った私とは次元が違う話だが、異常な気象が続くことで、人間の行動が制約され、壊滅的な事態に襲われることだけは、何とか抑え込みたいと思うのだが。

執筆者
株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役 会長執行役員
鈴木 幸一
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