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ぷろろーぐ 音楽祭

IIJ.news Vol.194 June 2026

株式会社インターネットイニシアティブ
代表取締役 会長執行役員 鈴木幸一

沈丁花が開き、路地に香りが漂うと、春はすぐそこまで来ているのだと、ひそかな感動がある。幼稚園に通わず、ひとり部屋にこもって、蓄音機で音楽を耳にし、本を読み続けたというか、たぶん眺め続けていた私が、初めて集団生活を強いられたのは、小学校へ入学したときである。入学式の日、校舎の裏の水たまりに浮かんだ桜の花びらを眺めて、なぜかわからないが、不安だった記憶を、老いを迎えた今でも思い出すことがある。

還暦を過ぎたころ、ふと思いたって、小学校の同窓会というものに、初めて顔を出した。「え、えっ、鈴木さんなの、幸ちゃん? 何十年ぶりだよね」。同窓生たちは、思いのほか、生まれた土地に住みついていたようで、過半の同級生が卒業後もそのまま付き合ってきたという。「幸ちゃんは、放課後はさっさと帰宅していたよね。どこかいつも私たちと距離を置いていたというか、そんな感じだった」。

桜の季節になると、ここ20年以上にわたり、眠るのも惜しむほどに、時間が足りなくなる。言うまでもないが、日本では会計から人事に至るまで、4月に新年度が始まる。3月は区切りになって、仕事面ばかりか、転動から昇給に至るまで、忙しい。ここ20年以上、この時期になると、私の時間がまったく消えてしまうのは、今年で22回目を迎えた「東京・春・音楽祭」に、3月半ばから4月半ばまで時間を奪われるためである。

小学生のころから、なんとなく同級生などから距離を置いていた私にとって、なによりの慰め、楽しみは音楽だった。クラシックから、ジャズ、シャンソン、ラテン、そして日本の歌謡曲に至るまで、ジャンルを問わず聞きあさり、それなりの知識を得ていた。小学校の高学年になるにしたがい、関心の中心になったのがクラシック音楽だった。

当時、年末になると、NHKのラジオ第2放送で、その年の「バイロイト音楽祭」という番組を、1週間にわたって毎日数時間も放送していたのだが、その番組にかじりついて、親を心配させた時期があった。それが4、5年も続いた。その後、リヒャルト・ワーグナーの曾孫であるカタリーナ・ワーグナーさんと懇意になって、毎年、バイロイト音楽祭に出かけて、ワーグナーの音楽に浸るようになったのだが、いまだにその理解は怪しいものである。

年度末になると、高齢の私が睡眠もとれなくなるほど忙しくしているのは、音楽に心を奪われ続けて、音楽祭まで始めてしまったことによるのである。


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