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人と空気とインターネット 「おもてなし」と「ホスピタリティ」の違い

IIJ.news Vol.168 February 2022

少し前、日本では「おもてなし」という言葉が流行った。
他方、海外ではそれと似た意味で 「ホスピタリティ」という言葉が使われる。今回はこの2つの言葉をもとに、サービス提供の根本について考えてみたい。

執筆者プロフィール

IIJイノベーションインスティテュート 代表取締役社長

浅羽 登志也

株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。

ハワイのホテルでの出来事

もうずいぶん前、25年くらい前だったでしょうか。iNetというインターネットのコンファレンスがハワイで開催されたことがあり、筆者も参加しました。日本からハワイに行く便は、夜に出発して早朝に着きます。例によって、原稿の締め切りに追われており、飛行機のなかで書き上げて、ハワイからメールで送ればなんとか間に合うというギリギリの状況でした。結局、飛行機では一睡もせずに原稿に取り組んだのですが、朝、空港に着陸した時点で未完成……。もう1時間、いや、30分がんばれば、書き終わるくらいの状態でした。「ホテルで書き上げるしかない」と、ホノルル空港からワイキキに向かうバスに飛び乗り、はやる気持ちでホテルに到着。

ところがホテルは、日本から到着したけど早朝のためチェックインできずにいる人々でごった返していました。なかには知っている顔もいたのですが、こちらはそれどころではありません。挨拶もそこそこにフロントに駆け寄り、「なんとか早くチェックインしたい!」と主張してみることにしました。すると、フロントにいた女性がニコニコしながら端末で部屋の状況を調べてくれて、「ミスター・アサバ、当ホテルグループの会員カードに入会すれば、特典で部屋をアップグレードできますので、それなら今すぐ入れる部屋がありますよ!」というではありませんか。年会費はたしか12ドルでした(当時は円高の時代なので1000円くらい。あの頃は良かった……)。「安い!」と、さっそく入会手続きをして、部屋を割り当ててもらい、ロビーで途方に暮れている人々に「私は仕事がありますので、失礼!」とひと言告げて、さっさと部屋に入って原稿を書き上げ、部屋の電話にモデムをつないでメールを送り、そのままベッドに倒れ込み、夜のレセプションの直前まで爆睡しました。

日本でホテルに泊まる時も早くに着いてしまうことがあり、そのたびに「早めに入れませんか?」と聞くことにしていますが、決められたチェックイン開始時刻(15時が多いようです)以前に、部屋に入れたことはありません。ハワイのホテルでは単に私が会員カード営業にハマったとも言えますが、日本のホテルで同様の提案をされたことはありません。日本では、もっと高級なホテルのお得意様になり、偉い人と仲良くなってでもいなければ、そういうことは起こらないのかもしれません。日本の場合、決められたルールが絶対であり、現場の判断で顧客の要望を聞いてくれる裁量の範囲が狭いように思います。

以前読んだ本に「日本の『おもてなし』と、西洋の『ホスピタリティ』は似ているけれど、根本の思想が違う」とありました。日本の場合は、もてなす側が精一杯考えて用意をして、そのしつらえのなかでお客さまに楽しんでもらう。これが「おもてなし」であり、全員が同じレベルのサービスを受けることができます。一方、西洋の場合は、顧客が望むことを精一杯叶えようとするのが「ホスピタリティ」であり、それはすなわち、顧客が要望しないかぎり何もしないということです。これは、日本は提供側が主体で、西洋ではサービスを受ける側が主体、とも言い換えられます。この考え方の違いが、「ホテルの早朝チェックイン」の対応にも現れているのではないでしょうか。

日本人は日本流の「おもてなし」に慣れているので、海外のホテルで一度チェックインできないと言われると、「ああそうなんだ」と羊のようにおとなしくロビーで待つわけですが、ホテル側はその様子から「あれで満足なんだな」と判断するので、それ以上は何もしてくれません。でも、私のように自分の要望を主張すれば、それをどうすれば叶えられるのかを一生懸命考えてくれます。お金は少し余分にかかりましたが、私はとても満足でした。その後しばらくは、同ホテルグループを優先的に使うようになったことは言うまでもありません。

DXをうまく進める鍵

「おもてなし」と「ホスピタリティ」の違いは、日本とアメリカのサービスに対する考え方の違いにもなっていると思います。例えば、アメリカのレストランでは、注文の際、サラダのドレッシングの種類から、肉の焼き加減、デザートまで、たくさんの選択肢を聞かれます。でも、周りをよく見ていると、旅慣れていそうな人は、選択肢に示されていないことを頼んで、特別なアレンジをお願いしていたりします。すると、お店側はそれを可能な限り叶えようとしてくれるのです。日本でも最近は、いろいろ選べるようになっていますが、選択肢にないものを出してくれることはまずありません。あくまでも、お店側の想定内での自由度しかないのです。よく言われることですが、アメリカは「機会平等」の発想で、日本は「結果平等」の発想だと。これが、さまざまなサービス提供時の思想の違いにも反映されている気がします。

アメリカは機会平等なので、まず全ての人に対する最低限のサービスが用意されていて、そこに顧客の要望に応じたプラスアルファのサービスが付加される。一方、日本は結果平等なので、全ての人があるレベル以上のサービス(おもてなし)を受けられますが、特別なサービスを望んでも、そういうオプションが実現されることはないのです。

デジタル化やデータの活用に関してもこの発想の違いが影響しているように思います。日本はどちらかと言うと、提供者主体の発想でサービスが作られています。例えば、コンビニの自動レジです。IIJの近所のコンビニにも最近、自動レジが導入されたので、試しに使ってみました。レジ端末の画面を操作しながら商品のバーコードを読み取らせ、支払い手段を選んで支払いを済ませるだけなので、一瞬「これは便利!」と思いました。でも、3秒考えれば、店員がやっていた仕事をやらされているだけだ、ということに気がつきます。

一方、Amazon Go のようなサービスは、顧客一人ひとりに特別な体験を提供しようという発想で作られていて、その根底には「ホスピタリティ」の精神があるように思います。個人の行動履歴データを活用するのは、あくまで個別のサービスを作るためであり、顧客をコントロールしようといった意図があるわけではありません。日本だと結果平等の発想があるので、顧客一人ひとりに特別なサービスを提供しようという考えが起こりにくいのかもしれません。個人データを活用しろと言われているから、とりあえず集めているのかもしれませんが、そのデータを存分に活用できている企業がどれだけあるでしょうか? そもそも、これだと考える順序が逆であって、顧客一人ひとりにどんな特別なサービスを提供できるのかを考えたうえで、そのためにはどんなデータが必要なのか? という順で考えないと、DXは単なるコスト削減になってしまう気がします。「おもてなし」ではなく、「ホスピタリティ」を考えること―― それがDXをうまく進める鍵になるのではないでしょうか。


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