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ぷろろーぐ 雪を探して

IIJ.news Vol.168 February 2022

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

長いこと、すっかり暖かい冬に慣れてしまったせいか、今年は冬らしく、凍てつくような寒さが身にしむ冬日が多く感じられる。少しばかり冷たい冬が戻ったようだが、私にとっては、年が明けて、早春に至るまでの季節は、まったく違ったものになってしまった。

新年の飾りの片付けから、七草粥を過ぎて、正月から立春、豆まきから桃の節句まで、季節の変化に応じて、昔は様々な飾り物などをしていた記憶がある。母親にとっては、雛人形を飾ることが大仕事で、なにかと忙しい日が続いていたようだ。今時、雛祭りにしても、昔ながらの雛人形を飾りつける家など、少なくなってしまったはずである。私が育った家の娘たちは、高校生以上になっていたのか、雛人形の飾りつけを手伝うわけでもなかった。せいぜい「お雛様、もう大変だから、飾ることもないのに」と、母親にとっては、大仕事だったはずの作業にも無関心だった。ひとりだけ、年の離れた小さな子供の私が、母親が飾りつける様子をみては、母親のどうということもない雛人形の話を聞きながら、その作業を眺めていた。そういえば、節分の折の豆まきにも、私以外の大きくなった子供は無関心だった。大豆を炒っては、マスに入れ、「誰もいないから、ボクが撒くのだよ。鬼は外、福は内。そんな小さな声ではだめ、大きな声で、暗い部屋の隅まで、思い切って声を出さなくては」。誰もいないのに、勝手に照れて、小さな声で豆を撒こうとすると、よく叱られたものだ。

冬の行事がなくなったばかりではない。手足がかじかむ寒さも、大雪もすっかりなくなってしまった。雪が降ると、横浜の中心部の私が育った家でも、夜は物音ひとつ聞こえなくなって、しんしんと雪が積もっている様子が、その静けさでわかったものだ。学校は休校になったのだろうか、ともかく雪の積もった朝は、景色が一変することと、雪遊びで大変だった。

先週は週の初めから、「都心も木曜は大雪になるので帰宅を早めて、大雪対策をしてほしい」と、注意喚起のニュースや予報が繰り返し流れていた。新型コロナウイルスのパンデミック以来、昨今はオフィスに行かない自宅勤務に誰もがすっかり慣れてしまい、オミクロン株の感染拡大となった最近は、再び自宅勤務の割合が増加している。大雪警報の知らせがあろうものなら、ほとんどの社員は、言われなくとも自宅勤務となって、あえて大雪注意報など、社員に知らせるまでもない感じとなる。木曜日の出勤率は限りなく自宅待機に近い状況になっていた。午後になっても、時に雪がまじる程度で、都心ではせいぜいみぞれまじりの雨である。車道はもちろん、歩道すら、白く、雪道になっている場所は見当たらない。それでも午後早く、家に戻って、雪雲を眺めていたのだが、真っ暗になっても雪になりそうもない。

朝になって、なぜ予想と異なり、都心では雪ではなく、みぞれであったのかという解説を聞いたのだが、なんとなく納得できない気分が続いていた。

「鈴木さん、雪が降らなくて、怒っていると思ってさ。私、ひとりで信州の雪の中にいるけど、来ませんか。雪見酒できますよ」。優しいお誘いに一も二もなく乗ったことは言うまでもない。


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