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人と空気とインターネット 世界一のスパコンを活かすには

IIJ.news vol.166 October 2021

デジタル化が世界的に進むなか、日本の立ち後れが方々で顕著になっている。
そこで今回は、日本の「ものづくり」におけるデジタル化の内実を問う。

執筆者プロフィール

IIJイノベーションインスティテュート 取締役

浅羽 登志也

株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。

世界一のスパコンはモノづくりを進化させるか?

理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピュータ「富岳」が、半年毎に実施されるスパコンの計算速度などを競う世界ランキングで、今年の上半期の総合1位を獲得しました。これで3回連続の1位となり、しかも全5部門中4部門で1位、残り1部門も日本の他のスパコンが1位で、富岳が2位だったそうです。スパコン業界で日本は燦然と輝くダントツの世界一なのです。富岳が1位を獲得した4部門には、純粋な計算速度だけでなく、AIの処理能力やビッグデータの解析性能を競う部門も含まれているので、日本が海外に遅れをとっていると言われている先進分野でも、これから巻き返しが期待できるかもしれません。

ところで、以前書いたことがあるかもしれませんが、筆者が最初に就職したのはリクルートという会社でした。平成元年の入社後、大型計算機の時間貸しサービスや、スパコンを使った受託計算サービスなどを提供する事業部に配属されました。当時、リクルートは4台のスパコンを持っており、それを大手自動車メーカなどに貸し出していました。

用途としては、例えば、新開発のクルマの衝突安全性を、本物のクルマを実際に障害物にぶつけて検証する代わりに、スパコン上のシミュレーションで実施するCAE(Computer Aided Engineering)解析などのサービスを提供していました。

このシミュレーションを行なうには、クルマのボディの表面を小さな三角形の網目に分割した「メッシュモデル」と言われるものを作って、スパコンに入力しなければなりません。このモデルを使って、車が衝突した時にメッシュの各部分がどのような力を受けて、どう変形するのかを計算して、全体の動きを予測するのです。こうした方法を有限要素法というのですが、この手法を使うには、まず対象となる物体のメッシュモデルを作らなければなりません(この作業を「メッシュを切る」と言います)。ところが、当時はこれを手作業で行なわねばならず、画面上でマウスを使ってボーダイな数のメッシュを、忘我の境地でチクチクと切っていくのです。これは仲間内で「メッシュ奉公」と呼ばれていたくらい大変な作業でした。

あれから30年以上が経ち、スパコン富岳は当時のスパコンより1億倍以上の計算性能を持つようになりました。当然、シミュレーションの世界も進歩していて、今では3D CADの設計データを入力すれば、CAE ソフトが自動でメッシュを切ってくれてシミュレーションを実施できるので、もうメッシュ奉公は必要ありません。メッシュを切るだけではありません。今やヨーロッパでは、クルマの設計から検証までのプロセスを、全てデジタルで実施できるようになっているそうです。まず3D CADで設計を行ない、そこから生成される3DデータをCAEソフトに渡すだけで、あとは自動的にシミュレーションまで実施できるのです。シミュレーションで何か問題が生じれば、CADに戻って、問題箇所の設計を変更して、再びCAEにかけるという試行錯誤を、スピーディーに繰り返し実施できるのです。試作品による検証・確認は最終段階に実施するだけで、あとはほぼデジタルのみでクルマ一台分の設計を完了できるのです。これはデジタル化によるモノづくりの進化と呼んでもいいかもしれません。

3D設計(=デザイン)ができない日本はスパコン富岳を使いこなせるか?

このプロセスのポイントは、3Dで設計するところにあります。CADでの設計からCAEでの検証までを、全てコンピュータ上で、デジタルで実施できるため、設計から検証までのループを、何度でも、素早く、安価に回すことができるのです。ところが、2020年版の経産省『ものづくり白書』によると、日本の製造業では、3D設計に必要な3D CADを活用している企業は全体の2割弱で、2次元CADのみで設計している、もしくは設計は手作業で行ない、データ化していないという企業が全体の約四割を占めているそうです。また、協力企業への設計指示の半数以上がいまだにデジタル化されておらず、紙の図面で行なわれているとのことです。さすがに大手自動車メーカではそんなことにはなっていないと思いますが、下請け企業や部品メーカでは、設計の3D化が進んでおらず、デジタルによる新たなモノづくり環境の恩恵に与っていない、というのが現状のようです。前回、「日本はデザイン力が落ちているのでは?」と書きましたが、モノづくりの現場では、そもそもデジタルでのデザインができていないのです。どうしてこのような状況になっているのでしょうか?

『プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業』という本によると、日本の大学の工学部では、いまだに2次元製図しか教えていないというのですから驚きです。欧米では逆に、2次元製図はもう教えておらず、3次元製図しか教えていないそうです。さらに、製造業の現場には「3D設計を行なうと、考えなくなる設計者が出てくる」と言うベテラン技術者がいるそうです。筆者は2D設計さえできませんが、2Dのイメージを作れない人がそもそも3Dでの設計などできるわけないと思うので、2Dから順番に学べというのならわかります。でもそれは、3D設計をやらない理由にはならないでしょう。少なくとも今後、欧米の自動車メーカでは、部品メーカとのやり取りは3Dデータを基本とする流れになるようなので、いつまでも3D設計ができないままだと、日本のメーカは海外メーカと取引できなくなってしまいます。そもそも、せっかくスパコン富岳が世界一になっても、入力する3Dデータがないからフルに活用できない、もしくは利用するまでに手間がかかるということにもなりかねません。

もちろんこれは製造業に限った話ではありません。どの業界でも業務がデジタル化されていなければ、必要なデータが揃わないわけですから、いくら世界一のスパコンを持っていても宝の持ち腐れです。コロナに関連して、富岳による飛沫の拡散シミュレーションの結果がよく報道されていますが、実はほかに有益なシミュレーションをするためのデータが揃っていないのでは? と訝ってしまいます。そんなことはないと信じていますが……。

9月からデジタル庁がスタートしました。省庁間に横串を通すことが重要だと言われていますが、民間もこれまで以上にデジタル化を積極的に進めなければならないでしょう。デジタルは決して省力化のためではありません。多様な事業者同士を素早く連携させて、これまでとは異なる、新たな価値を生み出すうえでの基盤になるものです。そのためのデジタル化を、官民一体となって連携を図りながら、確実に進めていくべきだと思います。


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