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コラム|Column

毛利氏は「日本本社から派遣された海外子会社のマネジメント執行者は、生産現場あるいはセールス現場では強いのですが、経営管理に関しては弱い面があります」と語ります。

「例えば以前、フランスのある日本企業の現地法人を訪れた際の話です。その会社の工場では、語学の面ではフランス語はおろか英会話も十分でない日本人技術者がフランス人技術者を立派に指導していました。生産現場で尊敬され、強みをいかんなく発揮している様子がありありと伝わってきました。一方で、経営管理の現場では様子が違っていました。本社から派遣された日本人社長はフランス語はまったくできませんでしたが、英会話には比較的慣れていました。ところが、社内の会話は英語で済んでも、官庁などからの正式な書類は当然フランス語です。すべての書類を英訳してもらうわけにもいかず、日本人社長が書類の内容を理解するために、フランス人従業員から口頭で説明を受けていました。欧州のなかでも、例えばオランダやドイツ、北欧諸国の人々に比べ、一般的なフランス人の英語レベルは決して高くありません。日本人社長とフランス人従業員の間の英語のコミュニケーションで、経営管理に関するすべての物事が進むことに、不安を感じた記憶があります。日本人は一般的に、品質管理などの具体的なものには結構強いのに、ガバナンスやコンプライアンスといった概念的なものには弱い傾向があります。語学のハンディに加え、コンプライアンスに関する概念的な理解が不十分で、マネジメントに失敗するケースがあります。

シンガポールなどを除き、アジア諸国は基本的に非英語圏です。フランスの状況と同様に法律や当局の通達文書は現地語で記載されており、英訳が入手できるとは限りません。これに加えて、たとえば賄賂などに関する現地の習慣、価値観は最近改善されつつあるとはいえ、まだまだ西欧社会とは異なるものがあります。ですから、ASEAN諸国のコンプライアンス活動推進については難しい要素があります。」と毛利氏は語ります。

ASEAN地域に特にコンプライアンスが必要な理由

「コンプライアンス」も、その基本はリスクマネジメントです。リスクマネジメントでは、自然災害やテロといった防ぎようのない外部的要因によるものも含め、幅広くリスクを取り扱います。その中でも特にコンプライアンスは、組織に関係する「人」が意識的または無意識的に犯してしまう、法令違反などの内部的要因によるリスクに焦点をあてます。
したがって、コンプライアンス・リスクに対するコントロールを進めていくときには「人」、すなわち経営者、役員、従業員、委託業者、取引先など企業関係者にフォーカスしていくことになります。

コンプライアンスは「法令遵守」と訳されることもありますが、コンプライアンスの対象は近年、より広くなってきています。単に法律を守るだけでなく、業界や社内のルール、社会規範や倫理観まで含まれるという考えが一般的になっています。法令遵守は組織の一人ひとりに求められる、最低限かつ絶対的な目標です。法令違反を犯せば、刑事、民事、行政上の責任から対象企業は厳しく制裁されます。さらに違反の事実がマスコミに報道されて公になった場合には、その企業の信用は著しく失墜し、ブランドや企業価値は大きく傷つきます。したがって、法令遵守は100%達成して当然の絶対目標であり、企業内で日々徹底する必要があるのです。

前回の「海外子会社のガバナンス」においても社内規定の箇所で解説しましたが、基本的にコンプライアンス違反には2種類あります。ルールの存在、または内容を正確に知らなかったために守れなかったケースと、ルールは知っていたが、何らかの理由であえてルールに違反するケースです。したがって、法令遵守を実践するためにはまず最低限、全役員・従業員が守るべき法令の存在を知り、どのような行動をとった場合に違反となるのかを正確に理解していなければなりません。たとえば、アジア地域に根強く残っている公務員などへの賄賂の風習に関しては、それぞれの国にこれを取り締まる法令があります。これに加えて、日本企業や日本人駐在員の場合は、たとえ日本国外で行った外国公務員への賄賂であっても、わが国の不正競争防止法が適用されます。更に、日本企業であってもアメリカ合衆国で株式や債券を発行していたり、米国内で企業活動を行っている、米国人を雇用しているなどの米国と一定の関係のある企業は米国の連邦法であるFCPA(連邦海外腐敗行為防止法)が適用されます。米国外の、例えばアジア地区で行った公務員の賄賂などについて摘発された場合でも、企業に高額な制裁金が課されるのみならず、違反行為者個人に刑事罰が適用される可能性があり、日本人であっても米国で服役しなくてはならないリスクがあります。こうした知識を持っていれば、無意識に法令違反を犯してしまうことは防げるでしょう。しかし現実問題として、法を正しく知り、理解していたはずの会社員が、会社や自己の利益追求のために意識的に法を犯してしまう企業不正や不祥事は後を絶ちません。したがって、「法を知り、理解する」という「知識」のレベルに留まらず、絶対に違反しないという「意識」のレベルにまでコンプライアンスを徹底させることが重要なのです。

コンプライアンス推進体制

コンプライアンスが一般的なリスクマネジメントと違うのは、この「知識」の部分です。法令を正しく理解していなければ、守る意思はあっても無意識に法を犯してしまうこともあり得ます。法令や規制は、環境の変化とともに改正されていきます。したがって、守るべき法令等の最新情報を「知識」として常にアップデートしていく必要があるのです。この点で、正しいコンプライアンス活動には法務部門の適切な関与が不可欠です。小規模な法務部門が設置されていない海外子会社においても、現地の法律事務所などを介して定期的に現地法令に関するレクチャーを受けるといった体制を整備することが必要です。

しかし、法令等の情報が法務部門で常に最新の状態に更新されていても、関係する従業員全員にその情報が周知されていなくてはまったく意味がありません。また、周知されていたとしても、短期的な利益を優先して意識的に法を犯してしまう場合もあります。こうしたことを防止するためには、コンプライアンス違反の結果、企業や従業員自身がどのように甚大な損害を被るのかを研修などでしっかり教育する必要があります。
この周知と教育の徹底を法務部門が担っているケースもあります。しかし、事業部門の契約のチェックや訴訟等に限られた要員で対応している場合が多く、実態としてコンプライアンス関連の周知や教育研修に必ずしも法務部門が積極的に取り組めていないケースも少なくありません。
これまで欧米企業に比べて、コンプライアンスへの取組みが遅れている傾向にあった日本企業ですが、近年はコンプライアンス活動に力を入れるようになってきています。例えば最近は、多くの日本企業において、これまでのように法務部門が兼務するのではなく、コンプライアンス部署を各現場に個別に設置するようになってきています。事業活動のあらゆる面でコンプライアンスが要求されるため、こうした近年の動向は良いことといえるでしょう。コンプライアンス活動の最終責任は各部門のトップにありますが、現場で実践されることこそ重要です。各現場が、日々の業務のなかでコンプライアンスを自ら徹底する体制を構築できれば、本社内のコンプライアンス統括部署は、法務、人事、労務、品質管理、IT等の専門部署との調整やグローバル・グループ全体の研修活動の推進といった本来の役割に集中することができるようになります。

海外子会社側の負担感

大企業の日本本社内部では、リスクマネジメント部、コンプライアンス推進部、経理部、人事部、環境管理部、情報システム部などがそれぞれ個別に計画を立て、活動を推進していることがあります。そして残念なことに、本社内で部門横断的な連携が十分取れないまま、海外子会社に対してそれぞれのコンプライアンス活動を展開しているケースも少なくありません。

一般に、グローバル経営を展開している日本企業の本社では、それぞれの専門組織が充実し、人的リソースも豊富です。しかしその一方で、規模の小さな例えばアジア地域の子会社ではたった1人の管理者が経理、人事なども兼務して、ほぼすべての管理活動をこなしていることがあります。このような場合、本社各部署からばらばらに来る指示への対応、各種アンケートへの回答、日本からの監査チームの受け入れ準備、海外子会社内各部署のとりまとめ等で担当者は忙殺されています。こうした中では、担当者のコンプライアンス活動に対する負担感は相当なものとなってしまいます。

毛利氏は、ご自身の仕事の経験から「私も内部監査でいろいろなところにお邪魔しますが、大企業の子会社でも、海外でコンプライアンスを担当している人員は少ないですね。ニューヨークやロンドンといった大都市では別ですが、少ない人数で何でもやることになります。ISOや内部監査への対応があり、環境関連、SOX対応と担当者は多忙をきわめています。やはり、本社がきちんと活動の重複部分を統合していかなければなりません」と現地担当者の負担を解消する必要性を説きます。

本来、海外子会社への支援を目的とした本社コーポレー卜部門による取り組みが、結果として海外子会社側の負担感を増大させ、現地でのコンプライアンス活動を形ばかりのものにさせてしまっては、本末転倒もいいところです。日本本社内の悪しきセクショナリズムを極力排し、バラバラに行われているコンプライアンス活動を調整・工夫して、統合することが重要です。そうすることで、本社の望むコンプライアンス諸活動の全体像を海外子会社にわかりやすく提示することもできます。その結果、現地への適切な支援体制が整うだけでなく、グループを挙げた統合的なコンプライアンス活動へ積極的な協力を求めることも可能になります。

海外子会社側の消極姿勢とその払しょく法

日本本社がいろいろ工夫して、いくらコンプライアンス活動の重要性を訴えても、肝心の海外子会社側が消極的で、その活動が形式的になっているケースがあります。こうした場合、うまくいかない理由はいくつか考えられます。
 例えば、海外子会社側の推進担当者や従業員が、嫌々ながら本社からコンプライアンス活動をさせられていると考えている場合です。人は誰しも、他人から強制された規律を嫌うものです。本社が一方的に遵守すべき法令をリストアップし、数多くの社内規程やマニュアルを突きつけても、子会社側に「やらされ感」がある限り、思ったような効果はなかなか出ません。

では、このような感情をどうやって取り去ればよいでしょうか。冒頭でコンプライアンスの基本がリスクマネジメントであることを述べました。いざ実際に違反が起きた際のリスクや悪影響に対する職員の感受性が不十分な場合には、組織内の活動は形骸化しがちです。実際に違反した場合、最悪の状況では自分の会社が潰れるかもしれない、自分自身にも刑事罰が科されるかもしれない、懲戒解雇されるかもしれないといった危機感を持ってもらうことが大切です。つまり他人ごとではなく、「自分」の現実的なリスクへの対処として、コンプライアンス活動を積極的にとらえ直してもらうことが重要なのです。本社は単にルールを押し付けるのではなく、実際に起きた深刻な他社事例などを紹介するなどして、現実感のあるリスクとして、コンプライアンス活動を判り易く現地に説明することが求められます。「操業免許停止」や「巨額制裁金」などによって事業継続そのものが危うくなるような法令とは何か、きちんと守られないことで顧客の信頼を一気に失ってしまう価値観、重要な規則等とは何かなどについて具体的に説明し、現地従業員にしっかりと理解を深めてもらうことが大切です。つまり、会社存亡の危機、個人の重大な責任問題に関わる最重要リスクを優先的に示し、研修などを通じて従業員各自の肌感覚でリスクを共有してもらうことが、現地の消極的な姿勢を拭い去るために最も効果的です。

コンプライアンス対策の最後に、組織トップの姿勢や言動、すなわち「トーン・アット・ザ・トップ」の重要性について強調したいと思います。従業員に最も強い影響を与えるのは言うまでもなくその組織のトップです。海外子会社経営トップに事業推進のみならず、コンプライアンスの面でもリーダーシップを発揮してもらうためには、結局のところ日本本社トップがコンプライアンスに関して自らもしっかりと取り組んでいるという姿勢、すなわちグローバル本社としての「トーン・アット・ザ・トップ」を海外にもきちんと伝えることが重要です。このためには、日本本社から現地トップに伝えるミッションの中に売上や利益といった業績目標だけでなく、「コンプライアンス活動推進」も明示的に含むことが効果的です。

毛利 正人 氏

東洋大学 国際学部 グローバル・イノベーション学科 教授
GRCアドバイザリー 毛利正人事務所代表
米国公認会計士、公認内部監査人、公認情報システム監査人

早稲田大学政治経済学部卒業(経済学)、米国ジョージワシントン大学修士課程修了(会計学)。国内大手企業、国際機関(在ワシントンDC)、大手監査法人エンタープライズリスクサービス部門ディレクター、外資系リスクコンサルティング会社代表を経て現職。日本企業の海外子会社に対するコーポレートガバナンスサービスを専門としており、欧州、米州、オセアニア、アフリカ、アジア、中国などの世界各地で、内部監査、リスクマネジメント、買収海外子会社の調査、コーポレートガバナンス体制導入のためのプロジェクトを数多く実施。著書に『リスクインテリジェンスカンパニー』(共著、日本経済新聞出版社、2009年)、『内部監査実務ハンドブック』(共著、中央経済社、初版:2009年、第2版:2013年)、『図解 海外子会社マネジメント入門』(東洋経済新報社、初版: 2014年)がある。