
タイのサイバー攻撃統計が示す海外拠点のリスク

2026/8/31
サイバー脅威は年々高度化・巧妙化しており、企業にはそれに応じた迅速な対策が求められています。特に海外拠点を展開する企業にとっては、各国の脅威動向を把握し、適切な対策を講じることが重要です。
タイでは、国家サイバーセキュリティ委員会(NCSA:National Cyber Security Agency)が2026年から月次のサイバー脅威統計を公開しており、同国におけるサイバーリスクの実態が明らかになりつつあります。2025年および2026年上半期のデータを見ると、不正侵入の試みの増加や詐欺の継続的な発生など、日本やアジア太平洋地域(APAC)の他国でも見られる傾向と共通する特徴が確認されています。
2025年のサイバーセキュリティ動向
2021年から2024年までの統計と比較すると、サイバー攻撃の発生件数は大幅に増加しています。タイの主要オンラインメディアであるMGR Onlineによると、2021年から2024年までの3年間に報告されたサイバーインシデントは2,135件であり、複数の経路を通じて約260億件の個人情報が流出したとされています。
こうした状況の背景として、以下の要因が指摘されています。
- タイ国民の約60%が、割引や特典と引き換えに企業へ個人情報を提供することに同意している。
- 中小企業や政府機関では、サイバー攻撃に対応するための人材・予算・セキュリティ戦略が不足している。
タイ政府はサイバーセキュリティ対策の強化を進めていますが、2025年だけで報告されたインシデントは3,281件に達し、過去3年間の累計件数を大きく上回りました。この急増は、個人情報提供への心理的ハードルの低さに加え、中小企業や政府機関におけるセキュリティ対策の不足が影響していると考えられます。
なお、NCSAが公表している2025年のデータには11月および12月の統計が含まれていないため、年末の傾向を完全に把握することはできません。しかし、年間を通じてサイバー犯罪が継続的に発生していることや、例年は年末に向けて活動が活発化する傾向が見られることから、この期間においてもサイバー攻撃が継続していた可能性は高いと考えられます。
攻撃対象となった主な業種

①のグラフの通り、2025年においてサイバー攻撃の被害を最も多く受けた業種は以下の3分野でした。
- 政府機関:27.4%
- 教育機関:24.4%
- 銀行/金融機関:12.1%
この3分野だけで全体攻撃件数の60%以上を占めており、他の業種を大きく上回っています。また、上位3業種とそれ以外との間には割合に大きな差が見られ、上位3分野が特に攻撃者から狙われていたことが分かります。
続いて攻撃を受けた時期を見てみます。2025年度後半にはインシデントの件数も急増し、その傾向は2026年に入っても継続しています。②のグラフは、各業種への月別の攻撃件数推移を示したものですが、政府機関や教育機関は特に2025年度後半に攻撃が集中しています。
主な攻撃手法

2025年には6種類の主要なサイバー攻撃が確認されました。③のグラフの通り、その中でも件数が多かったのは次の3種類です。
- 侵入攻撃の検知 (Intrusion Attempts):33.5%
- 情報コンテンツセキュリティの侵害 (Information Content Security):26.8%
- 詐欺(Fraud):20.9%
侵入攻撃の検知は攻撃の初期段階で、情報コンテンツセキュリティの侵害は情報漏えいやデータの改ざんなど、データそのものが実害に遭った段階と言えるでしょう。業種と攻撃種別を直接紐づけるデータは公開されていませんが、統計からは、特に教育機関が2025年から一貫して継続的に標的となっており、件数も増加傾向にあることがわかります。
また、④のグラフで攻撃件数の月別の推移では、2025年6月以降は全体的に攻撃件数が増加しており、その後もどの業種でも比較的高水準で推移しています。業種別のグラフと攻撃手法別のグラフを比較すると、ほぼ同様のパターンが見られます。
中でも特に特徴的だったのが可用性を狙った攻撃です。可用性の侵害は、システムを「止めさせる」「使えなくする」ことが目的と言えるでしょう。代表的な攻撃手法としてはランサムウェア攻撃やDDoS攻撃が挙げられます。2025年6月以前はほとんど発生していなかったにもかかわらず、件数が突如80件超まで急増しました。絶対数では他の攻撃手法より少ないものの、増加率という点では最も顕著です。これまで比較的安定していた利用ができていたサービスやシステム基盤が新たな攻撃対象になり始めていることを示唆しています。
近年、日本でもインフラを狙った攻撃をはじめ、多くの利用者が影響を受けるような被害事例が多発しており、日本のみならずタイの企業においても可用性対策やシステムレジリエンス強化の見直しが求められています。
2026年サイバーセキュリティ動向(上半期)
インシデント発生件数はさらに増加傾向
2025年の年間インシデント報告件数は3,281件でしたが、2026年は上半期終了時点で既に2,231件が報告されており、これは2025年通年の件数の半数を大きく超える水準です。現在のペースが続いた場合、2026年のインシデント総数は4,000件を超える可能性があり、年間総数が過去最多を更新する可能性が高い状況です。⑥のとおり、政府機関や教育機関は2025年と同様に2026年も高頻度で攻撃を受けています。

2026年上半期の主な攻撃手法
2026年上半期に確認された攻撃手法の分類は前年までと同様でした。また、件数の多い攻撃手法にも大きな変化は見られません。⑤のグラフのとおり上位3種類は以下です。
- 情報コンテンツセキュリティの侵害 (Information Content Security):36.1%
- 侵入攻撃の検知 (Intrusion Attempts):29.8%
- 詐欺(Fraud):17.0%
前年と同じ攻撃手法が上位を占めていることから、これらが攻撃者にとって依然として有効な手法であり、既存のセキュリティ対策を回避する新たな手口が継続的に開発されている可能性がうかがえます。
脅威の変化が示すもの

グラフのとおり、詐欺は、2026年1月にピークを迎えた後、大幅に減少しました。一方で、情報コンテンツセキュリティの侵害や不正侵入の試みは上半期を通じて高い水準を維持しています。
この傾向の違いは、脅威環境に構造的な変化が生じている可能性を示しています。考えられる要因として、
- 政府による特殊詐欺や詐欺グループへの取り締まり強化の効果が現れ始めている
- 攻撃者がより成功率の高い攻撃手法へとリソースをシフトしている
といった点が挙げられます。ただし、詐欺被害の減少をリスクそのものの低下と捉えるべきではありません。むしろ、攻撃者の関心がコンテンツを悪用した攻撃や不正侵入に移りつつある兆候として捉え、これらへの対策を強化することが重要です。
情報コンテンツセキュリティの侵害に関するインシデントは、2026年3月に196件を記録し、上半期で最も高い件数となりました。多くの月で100件を超える高水準が続いており、継続的な脅威であることが分かります。
一方、不正侵入の試みは2025年末のピークから一旦減少傾向にありましたが、その後再び増加に転じています。2026年6月には162件を記録し、3月の情報コンテンツセキュリティの侵害の件数には及ばないものの、同月の他の攻撃手法を大きく上回る水準となりました。
さらなる分析
2025年の業種別統計と2026年の統計を連続して見ると、特に上位5業種において一貫した傾向が確認できます。その他の業種では件数こそ少ないものの、ほぼすべての業種で継続的にサイバー攻撃活動が発生していることが分かります。

※NCSAのデータ移行期間のため、2025年11月および12月のデータは除外しています。
2025年から2026年上半期までのデータを総合すると、攻撃は同じ上位5業種に集中し続けており、一時的な事象ではなく、これらの業種が構造的な脆弱性を抱えていることが示唆しています。タイ全体のサイバーセキュリティ対策が大幅に改善されない限り、この傾向は今後も継続する可能性が高いと考えられます。
タイに進出する日系企業がこれらのデータで分かる事
これらのデータは、タイで事業を展開している、あるいは進出を検討している日系企業にとって見過ごせないリスクを示しています。特に製造業やサプライチェーン拠点をタイに設置している企業にとっては重要な警鐘といえるでしょう。
教育機関や政府機関が主な標的となっている一方で、その他の業種でもインシデント件数は緩やかに増加しています。
特に注意すべきなのは、現地法人におけるセキュリティ対策の不足が、サプライチェーン攻撃の起点となる可能性があることです。現地拠点への侵害を足掛かりとして、日本本社のネットワークや重要システムへの侵入につながるリスクも決して小さくありません。
まとめ
タイのサイバーセキュリティ統計からは、教育機関および政府機関における継続的な脆弱性と、不正侵入の試みや詐欺といった攻撃の増加傾向が明らかになっています。
海外拠点を持つ企業にとって、こうした現地の脅威動向を把握することは、セキュリティガバナンスの強化、リスクの予測、そして各国の規制への適切な対応を進めるうえで不可欠です。
IIJはバンコク拠点を通じて、タイへの進出企業および現地事業を展開する企業に対し、セキュリティガバナンスの強化、グローバルインフラの運用支援、各種マネージドサービスを提供しています。企画・設計段階から運用・保守まで一貫して支援し、タイの法規制やセキュリティ要件に準拠した安全なIT環境の実現をサポートしています。
詳細は、下記リンクよりIIJのタイ現地法人公式ウェブサイトをご覧ください





