
グローバルインフラへのサイバー攻撃:目に見えない脅威との戦い

2026/2/6
昨今ITテクノロジーは、社会全体の仕組みなどほぼすべての側面に浸透し、社会の基盤を形成しています。オンラインショッピングなどの個人レベルから、浄水ネットワークや農業オートメーション、エネルギーグリッドや輸送ロジスティクスなどの社会レベルに至るまで、デジタルインフラは国家を支える重要な基盤になっています。
デジタルインフラは社会に効率をもたらす一方で、同時に深刻な脆弱性の危機をもたらします。自然災害、システム障害、サイバー攻撃などによってインフラが中断されると、その影響はシステムを維持するインフラ企業・政府機関だけでなく、さらに広い範囲に波及します。
一般市民は具体的な方法で負担を強いられます。緊急サービスの遅延、食料供給網の混乱、医療サービスへのアクセス困難、さらには安全な水供給に対する脅威にも直面する場合もあるでしょう。相互接続が進む世界において、技術インフラの回復力は公共の安全、経済的な安定、そして集団の幸福を維持するために必要不可欠です。
サイバー攻撃がインフラに与える影響: ケーススタディ
サイバー攻撃者が国家インフラの防御を突破すると、電力・水道・石油などの基幹インフラで悪意ある行為が発生し、その影響は国民の生活に広がり、国家の安定を長期的に損なう恐れがあります。ここからは、こうした攻撃が現実に与える影響と、セキュリティ対策が間に合わなかった場合に起こり得るリスクを示す事例を紹介します。
2010年6月:Stuxnetの出現
2010年、イランのウラン濃縮計画を妨害するために設計された高度なコンピューターワームでの「Stuxnet」の出現により、世界はサイバー戦争の転換点を目の当たりにしました。「Olympic Games」として知られる秘密作戦下で米国とイスラエルが共同で開発したStuxnetは、イランの主要な核施設の1つであるナタンズ施設を標的にするように設計されました。その使命は、警報を鳴らさずにウラン濃縮に使用される遠心分離機を破壊することでした。
Stuxnetは、シーメンス社製の装置のプログラマブルロジックコントローラー (PLC) の脆弱性を悪用し、遠心分離機を損傷する速度で回転させると同時に、オペレーターに虚偽のデータを送信することでこれを達成しました。結果、1,000基近くの遠心分離機が破壊され、イランの核開発計画は大幅に遅延しました。Stuxnetが歴史的意義を持つ理由は、デジタル手段を通じて物理的な損害を与える機能があったことであり、これは当時としては前例のないものでした。
Stuxnetは本来、標的以外に拡散しないように作られていましたが、その後Stuxnetに感染したパソコンをインターネットに接続した事で世界中に広まり、当初の標的以外の多くのシステムが感染しました。この出来事は、サイバー兵器が制御できなくなる危険性への不安を広げました。2012年には、専門家たちはStuxnetを国家が関与するサイバー戦争の重要な転換点だと認識しました。
2015年12月:ウクライナの送電網へのサイバー攻撃
2015年12月、ウクライナは、送電網を混乱させるサイバー攻撃を公に認めた最初の国になりました。この攻撃は、クリミア併合と一連のハイブリッド戦争戦術を受けて、ロシアとの緊張が高まる中で行われました。攻撃者は「BlackEnergy」として知られるマルウェアツールキットを使用して、悪意のある添付ファイルをメールで送信するスピアフィッシング攻撃を通じてウクライナのエネルギーインフラに侵入しました。
マルウェアはネットワークに侵入すると、送電網オペレーターのウクライナ各地のワークステーションを無効にして産業用制御システムを侵害し、ウクライナ西部の約22万人以上の住民への電力を遮断しました。停電は短期間でしたが、その影響は甚大でした。サイバー攻撃がスパイ活動や情報窃取を超えて、民間人や国家インフラに直接影響を与える可能性があることを証明しました。公式には確認されませんでしたが、サイバーセキュリティの専門家らは、ロシアと関係のあるSandworm Groupがこの作戦の背後にいるのではないかと考えています。
2021年5月:Colonial Pipeline社へのサイバー攻撃
2021年5月、米国東海岸の12州に燃料を輸送するColonial Pipeline社が、サイバー攻撃グループ「DarkSide」によるランサムウェア攻撃の標的となりました。攻撃者は、違法に取得したVPNパスワードを介してアクセスし、機密データを盗み出し、同社のITシステムを機能不全にするランサムウェアを仕掛けました。燃料の流れを制御する運用技術は直接侵害されませんでしたが、同社は脅威を封じ込めるためにパイプラインの操業を一時停止しました。
5日間の停止により、米国東部全域で燃料不足、燃料価格の高騰、物流の混乱が引き起こされ、航空会社は給油のためにフライトのルートを変更し、通勤者はガソリンスタンドで長蛇の列に並び、サプライチェーンは混乱しました。米国政府は非常事態を宣言し、Colonial Pipeline社はビットコインで440万米ドルの身代金を支払いました。なお、その一部(約230万米ドル)は後に連邦当局によって回収されています。
この事件により、インフラのサイバーセキュリティにおける重大な脆弱性が露呈し、迅速な政策対応が必要だという認識が広まりました。バイデン前大統領は、ソフトウェアサプライチェーンの透明性を向上させるためのソフトウェア部品表(SBOM)の採用など、国家のサイバーハイジーンを強化する大統領令を発令しました。
2022年2月:欧州石油施設へのサイバー攻撃
2022年2月、欧州全域のエネルギー・燃料物流インフラを標的としたサイバー攻撃が相次ぎ、国境を越えたサプライチェーンの重大な脆弱性が露呈しました。犯行声明は出されていないものの、ランサムウェア(特に「BlackCat」)の使用が疑われ、複数の大手燃料企業のITシステムが機能不全に陥りました。欧州の機関は攻撃の原因を特定することに慎重な姿勢を崩さず、一連のサイバー攻撃に関連性がなくても、社会に大きな混乱を与えることができたという大きな懸念を残しました。
影響を受けた事業体の中には、ドイツの石油物流会社Oiltanking社とMabanaft社が含まれており、どちらもシステムが侵害されたため操業の一時停止を余儀なくされました。これによりハンブルクの港湾運航はルートを変更し、燃料の分配は大幅に遅れました。同様の混乱はベルギーでも発生し、アントワープにあるSea-InvestのSEA-Tankターミナルがランサムウェア攻撃を受け、燃料の積み下ろしが停止しました。ベルギーの検察は司法捜査を行いましたが、犯人は特定されていません。一方、オランダでは、欧州の石油取引の中心地であるARA 地域(アムステルダム・ロッテルダム・アントワープ)の6つのターミナルで欧州の石油・ガス供給に遅延と混雑が生じました。オランダ国家サイバーセキュリティセンターによって、この事件はサイバー攻撃として分類されています。
攻撃はそれぞれ別々に起こったものですが、攻撃のタイミングや標的になった業界から、ヨーロッパの燃料物流インフラに共通する弱点が露呈しました。この事件は、国境を越えたサイバー防衛の協力強化、運用技術リスクの可視性の向上、重要インフラのレジリエンス計画の緊急の必要性を浮き彫りにしました。
2020年・2023年:イスラエルの水資源インフラへの攻撃
イスラエルを標的とした2つの事件は、2020年と2023年に発生しており、特に水資源と農業部門におけるサイバーフィジカルシステムに対する脅威が増大している事実を浮き彫りにしました。いずれのケースでも、攻撃者は産業用制御システム(ICS)とプログラマブルロジックコントローラー(PLC)を標的にしており、飲料水処理、灌漑、廃水管理などの重要なサービスを妨害しました。
2020年の攻撃では、公共水道供給の塩素レベルを危険なほど上昇させることを目的としており、深刻な健康リスク、インフラの腐食、農業被害につながる可能性がありました。幸いなことに、技術者が異常に気付き物理的な被害はありませんでした。
2023年の事件も同様の手口によりイスラエル北部の灌漑システムと廃水処理施設が標的となりました。灌漑システムに接続されていた少なくとも10農場で障害が発生し、制御装置には政治的なメッセージが表示されました。ハクティビスト集団「GhostSec」が犯行声明を出していますが、直接的な関与は不明です。この攻撃は年次サイバー活動キャンペーン「OpIsrael」と時期が重なり、脆弱なリモートアクセス、初期パスワード、産業用制御システム環境の脆弱性が悪用されています。
2023年9月:バミューダ政府へのハッキング
2023年9月、北大西洋の英国海外領土であるバミューダは、大規模なサイバー攻撃を受け、中核的な政府サービスが停止しました。9月20日、島のITシステムが侵害され、すべての部門のインターネット、電子メール、電話通信に影響を与えました。David Burt首相は翌日、この侵害を公に認め、ロシアの関与の可能性を示唆し、他の地方政府も影響を受けていると指摘しましたが、このコメントは様々な懸念を引き起こし、特にRena Lalgie総督が原因の特定は時期尚早であると注意を促し、慎重な対応の必要性を強調しました。
身代金の要求は公に開示されていないものの、サイバーセキュリティの専門家らは、この攻撃にはランサムウェアの特徴があると指摘しています。この侵害は「公共サービスの中枢」を襲い、公務員は機能停止に追い込まれたサービス復旧のため24時間体制で通常業務の回復に取り組みましたが、バミューダの土地登録プラットフォームなどの一部のシステムは、5週間以上経ってもオフラインのままでした。特にBurt首相が復旧活動中にワシントンに出張したことも批判を受け、危機管理体制の不備も同時に露呈しました。
侵害の全容は依然として不明ですが、この事件はニュースでも多数報道され、バミューダが国際的なサイバーセキュリティ支援を受けることに繋がりました。小規模な政府が大規模なデジタル世界において脆弱であること、そして行政インフラの安全確保が戦略的に重要であることを浮き彫りにしました。
将来の展望:サイバーセキュリティにおける新たな脅威
ご紹介したとおり、Stuxnetやウクライナの送電網からイスラエルの水資源システム、ヨーロッパの燃料物流に至るまで、サイバー攻撃が社会の物理的なバックボーンを標的にすることがいかに多いかを示しています。さらに、脅威の状況は進化し続けています。デジタルインフラが相互接続され、より複雑になるにつれて、攻撃者は産業用制御システム、クラウド基盤、リモートアクセスの脆弱性を悪用する新しい方法を見つけだします。
地政学的な緊張、ハクティビストキャンペーン、犯罪シンジケートがサイバー空間に収束し、スパイ活動、妨害行為、日和見主義的な混乱により境界線が曖昧になっています。スマートシティ、自律システム、AI主導の運用の台頭により、攻撃対象領域は飛躍的に拡大しています。このような環境では、小さな設定ミスや古いシステムも、大規模なインシデントの入口になる可能性があります。
攻撃者の考えの一歩先を行くために、国家や組織は事後防御だけでなく予測能力にも投資する必要があります。脅威モデリング、レッドチーム、ホライズン・スキャニングなど、先見性や適応性のあるサイバーセキュリティをインフラ設計に最初から深く組み込む必要があります。
推奨される次のステップ
複雑化するサイバー脅威に対抗するには、インフラのすべてのレイヤー(デジタル、物理、組織)にレジリエンスを組み込むことも重要です。この記事のケーススタディは、攻撃者が技術的な脆弱性だけでなく、国家の防御が緩む瞬間、弱いガバナンス、連携の甘さをも悪用していることを明らかにしています。防御を強化するための主な推奨事項は次のとおりです。
| ゼロトラストアーキテクチャの採用 | ユーザー、デバイス、またはシステムは信頼できないと仮定します。継続的な検証、厳格なアクセス制御、ネットワークセグメンテーションにより、ラテラルムーブメントや権限昇格のリスクが軽減されます。 |
|---|---|
| 国境を越えたコラボレーションの強化 | サイバー脅威は国境を越えて発生します。脅威インテリジェンスの共有、あらかじめ取り決めた対応プロトコル、共同演習により、地域および世界の回復力を強化できます。 |
| サイバーハイジーンとトレーニングへの投資 | 人為的ミスは依然として侵害の主な原因です。定期的なセキュリティ教育、強力なパスワード ポリシー、フィッシングシミュレーションは、セキュリティを意識した文化を維持するために不可欠です。 |
| 継続性と危機対応の計画 | インシデント対応計画、バックアップシステム、手動によるオーバーライド機能の開発、テストを行い、危機の発生時に重要なサービスが機能し続ける状態を確保します。レジリエンスは予防と回復が重要です。 |
結論
サイバー攻撃はもはやデータ漏洩にとどまりません。攻撃者は電力、水、食料、ガバナンスを直接脅かします。各国はサイバーセキュリティをオプションではなく、基盤として扱わなければなりません。問題は、システムが標的にされるかどうかではなく、システムが準備できているかどうかです。IIJはインターネット技術の豊富な知見により、常に対応力を高めています。お客様自身、お客様の組織、そして様々なインフラを保護する最適なサービスの組み合わせを提案できることを目指しています。





