「格安スマホ」にまつわる誤解と実際

知名度の向上とともに、すっかり市民権を獲得したと言える「格安スマホ」ですが、一歩踏み込んでその裏側をのぞいてみると、多様な事業者・サービス形態が渾然一体となって、マーケットを形成していることがわかります。

「格安スマホ1500万回線を超える」「600社以上も乱立する格安スマホ会社」……等々、良くも悪くも「格安スマホ」は世間の関心を集め、その話題はIT業界だけでなく、全国紙やテレビでも度々取り上げられるほどです。冒頭で引用したような、あおり気味の見出しをニュースなどでご覧になった方も少なくないでしょう。

2012年、IIJが個人向けMVNO事業に本格参入したと同時に立ち上がった低価格な携帯通信サービスの市場は、この7年で急速に拡大しました。市場の成長度合いを測る目安としてよく引き合いに出されるのが「回線数」と「参入事業者数」です。

民間でも市場規模の調査は行なわれていますが、たしかな実績の数値として注目されているのが、日本の通信行政を担う総務省が発表する統計資料です(※)。4半期ごとに発表される資料には、MVNOの事業者数や、MVNO各社が提供する回線数が毎回記載されています。先に紹介した見出しでも、総務省の発表する数字が引用されることが多いようです。

※ 統計資料の数字は2019年1月に更新

ところが実際には、これらの数値が「格安スマホ」の市場規模を表しているわけではありません。総務省の資料は国に届出があった情報をもとに集計されているはずなのに、なぜそうしたことが起こるのでしょうか?

その理由をひも解くと、「格安スマホ」市場の複雑さが垣間見えてきます。

格安スマホ≠MVNO

現在に至るまで「格安スマホ」に明確な定義が与えられたことはありませんが、「NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの大手3社よりも低価格で提供されるスマートフォン」という説明が、ある程度の共通理解となっていると言えるでしょう。

IIJをはじめ、携帯通信サービスを提供しているMVNO各社は、大手3社に対する差別化の一環として低価格路線を掲げ、「格安スマホ」市場をつくってきました。しかし「格安スマホ」を扱っているのはMVNOだけではありません。

その1つは、ソフトバンク社が提供する「ワイモバイル」ブランドです。ワイモバイルはソフトバンク社が自社の設備を使って提供する通信サービスであり、他社から設備を借りて営業するMVNOではありません。しかし、サービス内容・料金体系は「SoftBank」ブランドで提供しているものとは異なり、価格帯的には「格安スマホ」の範疇に含まれます。

もう1つは、UQコミュニケーションズ社が提供する「UQモバイル」です。UQモバイルはKDDIから通信設備の提供を受けるMVNOですが、UQコミュニケーションズ社にはKDDIが30パーセント超を出資しており、KDDIの決算発表でもKDDI社の回線数とUQ社の回線数が合算されるなど、ほかのMVNOとは異なる立ち位置にあります。

この2つのブランドは、消費者からは「格安スマホ」として認識されていますが、純粋なMVNOとは異なるスタンス・営業戦略をとっており、au、SoftBank に対する「サブブランド」として区別されることが一般的です。総務省の統計資料でも「MVNOの契約数」として取り上げられている数値には、これらサブブランドの契約数は含まれていません。

一次MVNO、二次以降MVNO販売代理店

サブブランドではない、純粋なMVNOにおいても、いくつか悩ましい事情があります。

総務省の資料にある「MVNOの事業者数」には、「一次MVNO」と「二次以降MVNO」という用語が登場します。一次MVNOは、通信設備を持つ大手携帯電話会社と直接契約している事業者を指し、二次以降MVNOは、大手携帯電話事業者とは契約を持たず、別のMVNOと契約することで通信サービスを提供している事業者を指します。最近増えている異業種から参入したMVNOは、二次以降MVNOであることがほとんどです。

一次および二次以降MVNOは、それぞれ電気通信事業者として総務省に登録・届出を行なっています。2018年9月末時点で、一次MVNOが507社、二次以降MVNOが455社、合計962社とカウントされているのは、この登録・届出を行なった事業者です。

しかし「格安スマホ」として営業しているブランドのなかには、電気通信事業者としての登録・届出を行なっていないものもあります。量販店が独自のブランドで提供している「格安スマホ」がその一例で、実際の通信サービスは他のMVNOが提供しているというパターンです。電気通信事業者としての登録・届出がない以上、直接通信役務を提供できませんが、他のMVNOの販売代理店として営業することは可能なのです。消費者からすると、これらも独立した「格安スマホ」に見えるかもしれませんが、総務省の統計にこうしたブランドが現れることはありません。

単純再販型、通信モジュール、SIMカード型

市場では「格安スマホ」に注目が集まっていますが、MVNOが提供するのはスマートフォン向けの通信サービスだけではありません。

「格安スマホ」登場以前から普及していたのが、パソコン向けのデータ通信カードやモバイルルータのMVNOです。これらのMVNOの多くは、設備を提供する携帯電話会社のサービスほぼそのまま、ブランドだけを付け替えたようなものでした。このようなサービスは、総務省の統計上は「単純再販型」に分類され、172万回線程度の利用があります。

また、MVNOの契約数のなかにはカーナビなどに組み込まれる通信サービスも含まれています。総務省の統計では「通信モジュール」というカテゴリで、530万回線程度の利用があるとされています。これも一般に想像される「格安スマホ」とは異なるサービス形態です。

そして、もっとも高い伸びを見せているのが「SIMカード型」です。このカテゴリには、スマートフォン用のSIMカード単体の提供だけでなく、SIMカードとスマートフォンをセットにした販売も分類されます。また、著しい伸びが期待されるIoT用途の通信サービスもここに含まれます。資料上は1198万回線となっており、この数字を「格安スマホ」の市場規模と見る向きもあるようですが、IoT用途が含まれていることや、先述したようにサブブランドの回線数が含まれていないことなどを勘案すると、イコールでつなげるのはいささか乱暴であると感じてしまいます。また、総務省の資料全般に言えることですが、資料中の分類は事業形態や提供形態にもとづいていて、価格が「格安」か否かには着目していない点には注意が必要です。

実際の市場規模

ここまで総務省の資料をもとに「格安スマホ」とMVNOの相違を見てきました。MVNOと「格安スマホ」はイコールと考えられがちですが、丁寧に見ていくと、決してそうではないことがおわかりいただけたと思います。

これまではMVNOにとって「格安スマホ」が成長エンジンであったことは事実であり、各事業者ともそこに多くのリソースを投入してきました。しかし「格安スマホ」市場がレッドオーシャン化した今、MVNOはさらなる発展のために「格安スマホ」以外の市場の開拓にも取り組んでいます。本稿がそうした市場の広がりを読み解くためのキッカケとなれば幸いです。

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※IIJグループ広報誌「IIJ.news vol.141」(2017年8月発行)より転載