※ IoTに適した低消費電力・長距離通信を特徴とする無線通信技術(LPWA:Low Power, Wide Area)の規格のひとつ。
八木氏
その通りです。第1世代の発売後からさまざまなご要望をお寄せいただき、中でも重要度が高いと考えたのが「バッテリーの持続時間を長くしてほしい」というものでした。その他にも、「もっと薄くしてほしい」、「ストラップホールを設けてほしい」といったご意見もありました。ご要望も踏まえ、第2世代GPS BoTでは、厚みを1㎜薄くした50㎜×50㎜×18㎜とし、角のRを大きくし、ストラップホールもつけました。しかし、そうすることで端末の内部空間はさらに削られるため、バッテリー容量を拡大することが難しくなってしまったのです。
そんな中、IIJの営業の方が非常に重要な提案を行ってくれました。それが物理的なSIMカードの代わりに、SoftSIMを内蔵したCat.M1対応通信モジュールを搭載するプランでした。
八木氏
不安はなく、救われた思いでした。バッテリーを長持ちさせるための方法は2つあります。バッテリー容量を増やすか、消費電力を抑制するかです。当社はその両方に挑戦しました。消費電力を半分にしてバッテリー容量を倍にすれば理論上は4倍になるため、1回の充電で1ヵ月の長期運用の可能性も見えてきます。内蔵するリチウムイオン電池の容量を拡大するには、nanoSIMカードとソケットアダプタが最大の阻害要因でした。eSIM(基板に直付けする組み込み式のSIMチップ)の検討もしましたが、5㎜×6㎜のチップを基板に実装することすら難しい状況です。もはやSoftSIMしか選択肢はありませんでした。
また、消費電力の抑制についてはさまざまな方法を検討しました。3G回線の代替としてLTE方式の採用を考えていましたが、LTEの中でも通信モジュールの低価格化・省電力化を実現可能なCat.M1を選択するつもりでした。IIJが提案してくれたCat.M1とSoftSIMの組み合わせは最適だったのです。しかし、SoftSIMはまだBtoC(民生用)の製品に提供された実績がなく、SoftSIMが載るQuectel Wireless Solutions(以下、Quectel社)の新しい通信モジュール「BG77 LPWA」も正式にリリースされていないことから、当社のスケジュールに間に合うか確信が持てませんでした。そのため、SoftSIMの採用を前提にプロジェクトを見切り発車的にスタートさせ、リスクヘッジとしてeSIM版も並行して設計することにしました。
八木氏
小学校の新学期が始まる前の、2020年2月頃までには第2世代モデルをリリースしたかったという事情があったのです。IIJはこうした状況を理解し、2019年9月にプロジェクトが正式にスタートして以降、積極的に協力してくれました。次期GPS BoT、Quectel社モジュール、IIJとの間で仕様を取り決め、SoftSIMをOTA(Over The Air;無線によるSIM機能へのデータの書き込みや消去)で出荷可能にするまでわずか4ヵ月。その間、IIJとQuectel社とは毎週のようにミーティングを行い、2020年3月に第2世代GPS BoTを無事にリリースすることができました。Quectel社にとってはBG77 LPWAモジュールのIoTソリューションリリースとしては世界初の採用となり、IIJもSoftSIMを搭載したコンシューマ向け製品としては日本初。異例ずくめのチャレンジでしたが、各社が連携して動いていただけたことで、無事プロジェクトが完遂できたと感謝しています。
八木氏
新GPS BoTも堅調に販売数を伸ばしています。従来のSIMモジュールを廃止した結果、基板の高集積化が可能になり、格納できるバッテリーパックの容量を1.8倍に大型化することに成功しました。Cat.M1への変更と、周辺機能の消費電力も見直すことで、当初目標としていた(バッテリー優先モードにおける)1回の充電で最長1ヵ月の連続運用が可能になりました。そのインパクトは予想より大きく、充電のサインがなかなか出ないことから、壊れているのではないかと心配されてお問い合わせをいただくお客様が後を絶ちませんでした。セルラー通信を使うIoTデバイスが、1ヵ月も無充電で稼働し続ける例はあまりなく、お客様も驚かれたのでしょう。SoftSIM導入の恩恵が構想通りにユーザへ還元され、顧客価値向上につながったことは非常に満足できるものでした。
八木氏
低価格、ロングバッテリーライフ、ユーザビリティなどが高度にバランスしたIoT製品の実現をめざす中で、特にバッテリーの持続時間の拡大は最大のチャレンジです。それが今回、SoftSIMを採用したことで達成でき、IoT市場にも驚きを持って迎え入れられたのは、当社にとって大きな成功となりました。
また、IoTデバイスに不可欠なのが、SIMのライフサイクル管理のような機能です。SoftSIMでは、トリガによってアクティブ(課金開始)や廃線などの状態を自由に選べる点が大きなアドバンテージになっています。第1世代のSIMでは未出荷の段階で猶予期間はあったものの、その期間が過ぎると強制的にアクティベートされてしまうことが課題でした。SoftSIMでは未出荷時の在庫保有期間に月額利用料金がかかりません。電源投入による課金を開始するモードや、手動で開通できるモード、本番利用前にテストを実施できるモードなどが選べるほか、開通も専用アプリからから操作が可能なので、SIM基本費用を削減できるのが大きなメリットです。
八木氏
はい。新GPS BoTがITの専門メディアばかりではなく、子育て世代が読者の女性雑誌にも複数取り上げられ、特集記事で好意的に受け入れられていることも嬉しい驚きでした。私は、このGPS BoTを単なるガジェットとしてではなく、家族のコミュニケーションツールや、子育て支援のためのツールとしても活用いただきたかったので、幅広い媒体に取り上げていただいたことは、分野を超えて広く認知された結果だと感じています。また、政府の海外向けSNSにもGPS BoTをクールジャパンの一環としてご紹介いただきました。日本らしい小さくて高品質なものづくりや、謙虚なおもてなしカルチャーの結晶として作られたこのGPS BoTが、海外にも受け入れられるならすばらしいことだと思っています。
八木氏
今後、センシング情報の高度化や、見守り機能の拡充、海外展開などを計画しています。通信量の増加によるコスト増をユーザに転嫁せず、いかにリーズナブルなプライシングを実現できるか、緻密に設計を進めていきたいと考えています。また、第2世代GPS BoTでバッテリーライフと精度が向上できたことで、次の第3世代にも引き続きSoftSIMの採用を検討しています。それゆえ、今後もIIJには最先端の技術情報を提供いただくなど、今まで同様の手厚いサポートを期待しています。
※ 本記事は2020年10月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
バッテリー持続時間の改善と「3Gサービス停止決定」で設計見直しに直面
「GPS BoT」の概要と特徴についてご説明ください。
八木氏
GPS BoTは、特にお子様に常に付き添い、保護者に代わって自動で行動を見守るサービスとして開発しました。クラウド上で位置を特定する高精度なトリプル測位エンジンを搭載した5㎝四方の小型の端末を、お子様のランドセルやカバンに忍ばせることで、お子様に動きがある度に位置をサーチします。そのデータは、携帯電話網を通じて保護者のスマートフォンに送られる仕組みです。また、お子様が学校に到着したり、通学路から大きく外れたりした場合は、そのイベントをAIが検知・判断してリアルタイムに自動通知する機能も盛り込まれています。
GPS BoTは社会の切実な課題を解決し、社会インフラになりうるものを作ることにチャレンジしたいと考え開発しました。幸い当社には、ハードウェアの製造や、アプリケーションの開発、クラウド環境・通信プロトコルの構築・運用までを全て自社で行える強みがあります。とことん使いやすさ、美しさ、手ごろな価格帯にこだわり、それを形にしたのがGPS BoTでした。
GPS BoTの開発・改良過程において、どのような課題や問題点があったのでしょうか。
八木氏
GPS BoTは2017年に初期バージョンを発売したところ、口コミなどが伝播し、またたく間にヒット商品となりました。さらなる進化を目指し、後継機の開発に着手し、大きく2つの課題解決に取り組みました。1つはバッテリーの持続時間。もう1つの課題は通信サービスの停止でした。初期バージョンでは3G(第3世代移動通信システム)を選択しました。50㎜×50㎜×19㎜のシンプルかつ超小型の筐体内部に、3GのnanoSIMをソケットアダプタに収めて搭載するスタイルです。しかし小型化を突き詰めた影響で、内蔵バッテリーの容量が大きく制限され、バッテリー優先モードでも1週間に1回の充電が必要でした。特にIoTデバイスでは、頻繁な充電作業はユーザの心理的負担を増してしまうため、抜本的な改善が求められました。また、3Gの携帯電話回線は2022年から順次キャリアのサービス停止が発表され、次期バージョンでは通信手段の変更も必須要件と考えていました。