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免疫力

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 高校生の頃から、学校をさぼるという行為は日常化していたのだが、病に臥せったり、会社を休むといったことは、この歳になるまで経験がなかった。身体面だけは人並み外れて強いらしい。単に、親から継いだ遺伝子の恩恵に頼っていたに過ぎないのだが、酒と煙草を放すこともなく、不摂生の典型といった暮らしをしていながらも、健康だった。

 仕事納めが終わった昨年末、田舎の温泉に行って、近くの居酒屋で飲んでいたら、運悪く食中毒にあたってしまい、いい歳をして39度を超す熱を出し、病院で点滴を受ける羽目になった。年末年始の休み中だったので、仕事始めから会社を休むこともなかったのだが、なかなか全快には至らず、ひと月ほど食欲もなく、折にふれて背筋にぞくぞくっと寒気が走るといった状態が続いた。

 なんとなく元気が出ないだけで、夜毎の酒席を欠席することもなかったのだが、体調は、薄皮をはぐような、ゆっくりとした快復過程だった。友人のいい加減な解説によれば、人間の免疫力を高める菌は、幼児の三歳までに吸収され、それが免疫力になっているので、腸管にあった免疫となる菌が食中毒と薬によって殺菌されて失われると、回復に時間がかかるのだと、嬉しそうに怪しげな説教をする。

 三歳までにたくさんの人と接触して、さまざまな菌を体内に吸収した幼児は、大人になってからも強いという。その後、友人の医学部の教授に確かめたところ、おおよそ間違っていないようだった。幼児期に抗生物質などを安易に使うと、免疫となるべき菌を失ってしまい、免疫力が低下してしまうのだという。大人になっても、菌を殺してしまう抗生物質の乱用はよくない、と。「煙草と酒は飲んでも、抗生物質を飲まない私は、それなりの健康法ですかね」と、余計なことを聞いたら、呆れて顔を背けられてしまった。

 核家族が増え、近所付き合いも少なくなると、三歳までの幼児がさまざまな人に触れる機会は、どんどん減ってくる。私のような戦後すぐの世代は、近所の爺さん、婆さんをはじめ、いろいろな人が来ては、抱かれたり、頭をなでられたり、叱られたり、たくさんの人が勝手に幼児の私と接触していた気がする。そんなことで免疫力となる菌が育ったのだろうか。私の考えはいつもいい加減なところで納得するのだが、「幼児期の環境としては、海に近いとか、牧場で牛に触れたり、糞がそばにあったり、そんな環境が腸管にはいい」という。インドに行っても、下痢をしたことがないほどの免疫力を持てたのは、人との接触による菌の培養だけでなく、戦後すぐの頃、都会に育ちながらも、庭で鶏を飼って育てたりしていたことによるのかもしれない。犬の糞は当たり前で、街も隣近所の光景も廃墟が多かった。そんな環境のせいかもしれない。

 昨年、入社した若者も、社会人になって一年近くになる。世界のどこにも負けないほど、清潔で安全な日本で育った若者は、免疫力を強くする菌をどこで培養してきたのだろうか。まさか抗生物質を多用して、自らの免疫力については、弱いままに育ったわけではないだろうなあと、少しばかり心配になる時もある。

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