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廃棄処分

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 8月に入って、湿気を帯びた酷暑が続き始めた。6月の末から7月の始めにかけて、中東から欧州を駆けずり回っていたら、すっかり疲弊したようで、時差もあって、帰国後は早起きの習慣がなくなってしまい、朝の6時頃まで眠っていることがある。若い頃から夜明け前には寝床を出て、コーヒーを淹れ、長湯をしながら仕事以外の本を読むという習慣が、なし崩し的に消滅しそうになった。

 ひとたび易きに流れるというか、安逸な日常を送ってしまうと、なかなかもとには戻れなくなるようだ。毎朝4時に目覚めることが、良いかどうかは疑問も残るのだが、怠惰に安んじてしまう性格の私にとって、せめてひとつだけ課していたのが、どんなに飲んでも朝の4時には起きて、なにがしか脳に刺激を与え続けることだった。それが、疲労とか、時差とか、都合のいい理由をつけては、安逸に流れたいという怠惰な欲求に身をゆだねるようになってしまったのは、単に老化が進んだというわけでもなくて、危険な兆候である。幸いにしてというか、このところ寝苦しい夜が続いて、夜明け前に目覚める習慣を取り戻すことができたのは、不快な暑さのおかげである。汗びっしょりになって、なお眠っていられる体力はなくなっているのである。

 海外出張中に、オフィスの移転が滞りなくすんでいたようで、帰国してからは、新しいオフィスである。1992年にIIJを設立して、5つ目の場所である。つまり、4度目の引越しになるわけで、引越し貧乏を地でいっているようなものだと揶揄されることもあるが、将来を見越して冗長性を持たせた借り方というのは、貧乏が身についてしまったせいか、むずかしいものである。

 移転を重ね、新しいオフィスに移るたびに、眠っていたたくさんの資料が廃棄される。10年間、一度もあけたことのない資料を所蔵していて意味があるのかと問われると、大方は「廃棄してもいいよ」ということになる。一方で、移転すると、めったに振り返ることのない様々な過去を思い起こす。設立時、インターネットというサービスの許可を得るために泥沼のような折衝を役所と続けたことや、高速ネットワークと巨大なデータセンターの結合によって、当時としては世界でもまったく新しいコンセプトで設立した関連会社が挫折した時の細かい経緯の資料など、捨てるに捨てられなかったのだが、所蔵していた膨大な資料を、今回の移転作業でほとんど廃棄処分にしたのである。

 日々、技術革新が起こり、ビジネスモデルも変わり続けることで、大きな産業分野として発展していくインターネットの世界において、技術的にもコンセプトでも、イニシアティブを取り続けながら発展してきたIIJには、過去を振り返る「社史」は要らないとしてきたのだが、過去の詳細な記録となるはずだった膨大な資料を廃棄してしまったことで、別な感慨が起こるのを止めることもできず、初めて新しいオフィスの机に座った時は、長い時間、ぼんやりと窓の外を眺めていた。移転時に海外出張がなく、引越しに立ちあっていたら、あるいは、あの膨大な資料を新オフィスにも持ち込んでしまったのかと思うと、時機を得た出張だったようだ。

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