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神保町

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 異常気象が続いて、すっかり季節感を失ってしまったのか、過密日程で時の流れを忘れてしまったのか、このところ雨が多いのも、異常気象のせいかと呟いていたら、梅雨入りをご存じないのかと、呆れられた。

 桜が散り、爽やかな五月晴れがあって、初夏のような陽射しになると、すぐに梅雨になる。梅、沈丁花、桜、菖蒲、紫陽花と、早春から梅雨にかけて、季節の移ろいは咲く花の変化で感じていたものだが、時の流れがどんどん短縮して、梅雨入りすら忘れてしまう日々の過ごし方というのは、いかがなものかと、朝の晴れ間が消えて、灰色の雲から大粒の雨が降りしきるなか、昼どきの神保町を歩く。100円のビニール傘は小さくて、スーツの肩口がすぐに濡れる。3日ほど前にシンガポールから戻ったせいか、突然の雨や湿気が、なんだかシンガポールの延長といった感じである。もちろん、都市計画の模型図のようなシンガポールの街には、昔ながらの古本屋が並び、小さな商店や食堂が軒を連ねる神保町のような光景はなく、ただただ清潔で取り澄ました高層ビルと熱帯の街路樹があるだけで、雨の歩道を散策する気にはならない。

 昔ながらの神保町に忽然と高層ビルが建ち、そのビルの第一号入居者となったのは、10年以上も前のことである。古本屋で立ち読みをし、明治時代末期に開業したという洋食屋か、日本に留学していた若い時の周恩来が通っていたという中華料理屋でランチをとり、屋根から外壁まで錆びたトタン板の喫茶店で珈琲を飲んでは、古いタンゴをLP盤のセピア色のような柔らかい音で聴いて過ごせる神保町を、この月末で離れる。IIJにとって5回目の引っ越しになる。23年で5回目とは、引っ越し貧乏の典型のようなものである。

 廊下を潰さないと席がないのではと心配された新入社員も研修を終え、各部署に配属された。ここ数年、新入社員の顔を見るのは、内定式のパーティと入社式くらいになってしまった。ほぼ全社員の名前と顔が一致していたのは、800人位までである。社員数が700人位までは、全員面談で年俸を決めていたのだから、変われば変わるものである。私が関与しなくても物事が回っていくようにと、さまざまな仕組みがつくられて、会社は成長を続け、従業員数も2300人を超すまでになった。事業が拡大し、組織が大きくなれば当たり前のことである。当たり前なのだが、各部署に新入社員が配属されるこの時期になると、せめて一度くらいは、ひとり一人の社員と酒でも飲んで話し込んでみたい気になる。しかし、所詮は無理な話である。去年も一昨年もその前も、新入社員ひとり一人と話し込むなんてことはなかった。

 組織が大きくなるということは官僚的になることであって、官僚がいるから官僚的になるのではないと、昔から言われている。官僚の組織は一般的に大きいから、官僚の組織イコール官僚的と言われるのだと。この6月に配属された新入社員と飲んだり話したりする機会が来るのは、彼らが育って、仕事でのやり取りが始まる頃になるだろうから、ずいぶんと待たなくてはいけない。毎年のことながら、ひとり一人の持つ能力がIIJという企業の場で大きく育って欲しいと、梅雨が始まるこの頃になると、心から願う気持ちでいっぱいになる。

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