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コラム|Column

海賊版をめぐるエコシステム

中国はWindows XPが未だに最も普及している国だ。Windows XPのサポート終了にともない、中国ベンダーがユーザーの救済に手を上げたが、結局特に何かすることもなく、主にユーザーはWindows 7に移行していっている。しかし未だにWindows XPが稼働しているパソコンを見ることは難しくない。

Windows XPが人気の原因はいくつかある。ひとつに中国が経済成長し、庶民の暮らしが豊かになる中で、Windows XPのタイミングで億単位の人々がパソコンをはじめて買ったことで、多くの人にWindows XPに愛着を持ち、Windows XPを使いこなせるようになったということ。もうひとつの理由に、Windowsの海賊版をめぐるエコシステムが大変よくできていたということも理由に挙げられる。

様々なバージョンが存在する海賊版

様々なバージョンがリリースされる海賊版

中国の海賊版Windowsにはバージョンがある。プロフェッショナル版とかエンタープライズ版といったものではなく、作者別に「番茄花園版」「系統之家版」「深度技術版」「雨林木風版」などといったバージョンがある。その正体は、各種アップデートを行い最新の状態にしたWindowsに、チャットソフトのQQやマイクロソフトのOfficeなどをはじめとした、必要最低限の定番のソフトをインストールし、さらに広告を表示させるマルウェアを入れた上で、バックアップソフトで保存したものである。つまり海賊版OSのインストールとは、リストアすることを意味する。さらに中国で競い合う地場のセキュリティソフトは、マイクロソフト謹製のアップデートも代わりに行う。マイクロソフトからアップデートを行うよりも早く、セキュリティソフトはアップデートを促し、最新の状態にする。多くの中国人のちからにより、海賊版Windowsは、正規版Windowsからかなり手が加えられたものとなった。

シンプルは敬遠される!?

現在中国で主流のWindows7でも同様のエコシステムができているようだが、Windows XPのエコシステムの評価のよさは各所から聞いていた。米国ベンダーの製品を中国人が手を加えて利用するというのは、googleの影響を受けた百度や、twitterの影響を受けた微博(Weibo)のようにも思える。価格面の問題もさることながら、なんでも入っているからこそ、正規版よりも好んで海賊版がインストールされた。正規版がシンプルだからという理由もあって敬遠されたなら、ましてや突然あらわれる中国独自開発を謳ったLinuxやFreeBSDディストリビューションなどは不便という解釈しかなく、普及は不可能だ。

オールインワンが評価される

小米のMIUI

こうしたことはモバイルでも当てはまる。小米(Xiaomi)という、近年急速にシェアを上げたスマートフォンのファブレスメーカーがある。同社はコストパフォーマンスが高い製品を用意し、販売数を絞って売切れ続出で話題を出し、潤沢に商品が出たところで新製品を出す「飢餓商法」でニュースを絶えずリリースし話題を集め、一気に上位シェアに食い込んだ。これが小米についてよく言われる報道である。しかしハードウェアのコストパフォーマンスもさることながら、AndroidのカスタムOS「MIUI」の出来や、オフィスアプリやユーティリティーアプリをはじめとした、最低限のあると嬉しいアプリがインストールされていることは、購入後のユーザーに評価されていて、彼らが口コミでその良さを周囲の知人友人に伝えている。

ひとつ導入すれば様々なサービスが使える

海賊版Windows同様「ひとつ導入すれば、多くが解決できる」ことが便利だということを中国人は知っている。検索の百度(Baidu)、ECの阿里巴巴(Alibaba)、SNSの騰訊(Tencent)のインターネット企業3社の頭文字をとった「BAT」の会員になれば、多くのネットサービスを享受でき、それほど苦労することはない。特に騰訊(Tencent)のサービスは、インスタントメッセンジャーの「QQ」「微信(WeChat)」、ブログの「qq空間」、各種オンラインゲーム、エスクローサービスの支払いなど、中国のネットユーザーになくてはならないものばかり。騰訊がここまで成長したのは、チャット「qq」がパソコンのキラーソフトになったことをきっかけに、中国のSNSのリーダーとなった上に、qqの会員番号をブログやオンラインゲームなど様々な新サービスに適応したからこそだ。

オールインワンでなければ普及しない

中国のネットライフで欠かせないインスタントメッセンジャーの微信は、電話番号で登録はできるものの、qqからの流れで普及している。だからこそ、中国以外でいきなり微信をリリースしたところで、その前提がないので「知人が微信を使っているか否か」だけが導入のポイントになる。また過去にはmixiが中国に進出してユーザーが増えないまま終了したが、mixiが他の中国ネット企業の会員番号で利用できたなら状況は少しは変わっていたかもしれない。

もちろんBATに属さない他の企業の会員になったほうが、お得に賢く生活ができることが多く、動画の「優酷(Youku)」や、口コミサイトや、クーポンサイトなど、圧倒的にシェアが高ければ使われるサービスはある。だが動画サイトにしろ、クーポンサイトにしろ、最近ではタクシー配車サービスにしろ、日本ではみない規模の競合会社との激しい競争が行われた末の利用だ。オールインワンが便利という中で、それでも別のサイトを使わせようとするのはものすごくハードルが高い。

次に普及するサービスは?

展示会でよくみるスマートデバイスを扱うブース

ところで現在は、次に普及するだろうサービスや製品が足踏みをしている。

スマートデバイスが旬だが…

新しいハードウェアのトレンドは、深センから誕生しているが、最近の深センのデジタル製品系展示会を見ると、スマートデバイスが旬のようだ。スマートウォッチや、スマートフォンで監視や操作ができる電源や監視カメラなどのスマートホーム製品や、リストバンドや足に装着し、スマートフォンでデータを確認する運動系・医療系スマートデバイスが様々な中小メーカーから作られているのだ。

ところがリアルショップでは売られていないし、ネットでもそれほど売れているわけではない。過去に深セン発のポータブルプレーヤーや、携帯電話や、カーナビが売れたのと比べると寂しい限り。果たしてそれを導入して意味があるのか、得があるのか、という要素はもちろんあるが、10年慣れ親しんだ中国IT環境から見れば、ホームネットワークやスマートデバイスそれぞれでベンダーが異なり、入れなければいけないアプリがあり、それぞれで会員登録しなくてはならないのは実に面倒くさい。

O2O(Online to Offline)は中国で旬なワードではある。たとえば出前サービスや出張ネイルサービスなど、地域に根ざしたサービスが数多く登場したが、蓋を開ければ多くのO2Oサービスが閉鎖となり、生き残ったのは、ひとつの会員登録で様々なO2Oサービスを提供する不動産デベロッパーが提供する集合住宅向けサービスであった。

スマートデバイスでは医療系の製品も多い

スマートホーム向け製品

つまりはスマートデバイスにしろO2Oにしろ、会員登録ひとつであらゆるニーズをフォローできるようにならないと、消費者の背中を後押ししないのではないかと思うのだ。これはさらにその先に登場するサービスや製品についても当てはまるだろう。

山谷 剛史

1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。
現地の情報を生々しく、日本人に読みやすくわかりやすくをモットーとし、中国やインドなどアジア諸国のIT事情をルポする。2002年より中国雲南省昆明を拠点とし、現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を執筆講演。日本だけでなく中国の媒体でも多数記事を連載。